新そよ風に乗って 〜慕情 vol.1〜
高橋さんだと思って、携帯の画面もろくに見ずに電話に出た。
「もしもし」
なるべく寝起きの声だと分からないように、少し声のトーンを上げたつもりだった。
「あっちゃんブリケェ! 陽子ちゃん。 おはよう! 朝早くから、ごめんね。 昨日、電話くれたでしょう? 夜勤だったから、出られなかったんだ」
高橋さんより先に明良さんが電話をくれたのは、朝6時少し前だった。
高橋さんだと思って期待して出てしまったが、それでも明良さんの電話に少しだけ明るい兆しが見えた気がした。
「おはようございます。 明良さん。 お電話を頂いて、すみません」
「どうかした?」
きっと、私の声が暗かったのかもしれない。
明良さんの声のトーンも、先ほどとは違って低く真面目な声になっていた。
「明良さん。 高橋さんと、連絡が取れなくて……。 今週、ずっとお休みみたいなんですけど、私……知らなくて。 それで、昨日仕事が終わってから高橋さんのマンションに行ってみたんです。でも、いらっしゃらなくて……。 明良さん。 何か、ご存じないかなと思ってお電話したんです」
「……」
明良さんは、何故か暫く黙ってしまった。
何?
何か、悪いこと言っちゃったの?
聞いては、いけないことだったの?
「陽子ちゃん。 今日は、仕事何時頃終わる?」
「えっ? 多分、定時には上がれると思いますが……」
「それじゃあ、仕事が終わったら大学病院に来てよ」
「明良さんの病院に……ですか?」
何で、明良さんの病院に?
「着いたら、面会受付で俺を呼んでくれる?」
「面会受付?」
ますます意味が分からなかったが、何だかとても恐い嫌な予感がした。
「うん。 今、うちの病院に検査入院してるんだよね。 貴博」
エッ……。
嘘……入院って、どこか悪いの?
高橋さん。
どうしたの?
「た、高橋さん。 どうしたんですか? どこか、具合悪いんですか? 教えて下さい。明良さん!」
検査入院という言葉の嫌な響きと戸惑いから、自分でも大きな声を出していることに驚いた。
携帯を持つ手が震え、血圧が急上昇してる気がする。
「陽子ちゃん。 大丈夫だから、安心して。 別に、貴博はどこも悪くないんだって。 人間ドックみたいなものだから、金曜日にはもう退院するし……彼奴、言ってなかったんだ」
人間ドックみたいなもの?
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