13番目の呪われ姫は今日も元気に生きている
 暗殺を試みたあとは恒例となりつつあるベロニカとのティータイムだ。呪われ姫に予算も人員も割かないとばかりにこの離宮は放置されているため、本日もベロニカ自らが用意した薬草茶を頂く。
 暗殺者にお茶汲みしている姫なんて世界中探してもベロニカぐらいなものだろうと思いながら、お土産に持ってきたクッキーを小動物の様に頬張るベロニカを見て伯爵は小さく笑った。

「伯爵っ、このクッキーすっごく美味しいです! この前のわさび入りチョコボールとは雲泥の差です!!」

「……根に持ちますね、姫」

 眉根を寄せた伯爵は、余程気に入ったらしい幸せそうに食べるベロニカの前に伯爵は自分の分のクッキーを差し出す。

「伯爵の分がなくなってしまいますよ」

「いいです。試作品なんで、家に帰ればあるし。ふっ、その食べ方妹とそっくり。それほど女子に好まれるならこれは採用だな」

 どうぞと差し出されぱぁぁっと顔を明るくしたベロニカがまだ幼い弟妹と同じ表情で食べるのを伯爵はおかしそうに見て口元を緩めた。

 ベロニカが一通りクッキーを食べたのを見て、伯爵は口を開く。

「それでさっきの話ですが、しばらく本職にかかりきりになりそうなんで、離宮に来るのは控えてもいいですか?」

「……何かトラブルですか? 領地の管理にしても、伯爵の経営している商会にしても繁忙期というわけではないですよね」

 薬草茶を飲みながら、ベロニカは金色の目でじっと伯爵を見つめる。

「私を殺せたら借金帳消しどころか、伯爵家が抱える問題を十分過ぎるほど解決できる資金が手に入ります。が、そんな悠長な事を言ってられないほどの"何か"がありましたか?」

 ストラル伯爵家は先代が作った莫大な借金を抱えている。その上先代の杜撰な管理のせいで領地も未だ赤字状態。
 彼は若くして爵位を継いだその日からずっとそれらを背負って、ストラル伯爵を名乗っている。

「……姫には関係のない話ですよ」

「では、言い方を変えます。私のせい、ですね」

 "ですか?"ではなく断定的に言い切ったベロニカに伯爵はため息を漏らす。多分彼女は今自分が置かれている状況を察しているのだろう、と。
 
「姫のせい、は語弊がありますが、まぁここに来るようになったのが原因でしょうね。俺には他に恨みを買うような覚えもないし」

 呪われ姫の暗殺のために離宮に出入りするようになってから、伯爵が経営している会社に嫌がらせが入るようになった。
 遂には取引が円滑にできないなど、相手から一方的に契約を打ち切られる事態が多発し、事業が立ち行かなくなるほどに。

「……ごめん、なさい。伯爵」

 自身の無力さを痛感したようにぎゅっと小さな手を握りしめ、視線を落としたベロニカの頭をポンポンと軽く撫でた伯爵は、

「……子どもが心配しなくていい。しばらく離宮には来れないが、まぁ解決したらまた暗殺にチャレンジしますよ」

 褒賞は魅力的ですから、といつもと変わらない口調でそう言って、伯爵は引き上げていった。
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