13番目の呪われ姫は今日も元気に生きている
「ごきげんよう、伯爵! ひと月半ぶりですね」

 満面の笑みを浮かべたベロニカは、そう言って伯爵を招き入れる。

「わぁー私このクッキーすごく好きです」

 お土産に受け取ったクッキーをパクっと躊躇いなく口にしたベロニカは眉根を寄せ、

「毒入りですか。普通に食べたかったです」

 今日の暗殺は雑ですねと感想を述べソファーに倒れ込んだ。

「姫、なんか今日はめちゃくちゃ疲れてますね」

 そんなベロニカを見ながら伯爵はいつもと同じ口調でそう言った。

「あーー! そうでしたっ! 今日は伯爵にプレゼントがあったんです」

 そう言ったベロニカは、ソファーに寝転んだまま伯爵に書類を手渡す。

「サインください。契約書です」

「はっ? なんですかコレ」

 伯爵は書類に視線を落とす。

『キース・ストラル伯爵を呪われ姫ベロニカ・スタンフォードの専属暗殺者に任命する』

 と書かれており、成功報酬とは別に離宮に暗殺に来た際の固定報酬が書かれていた。しかも王家承認済みの印入りで。

「いやいやいやいや、なんでこんな事に!?」

「今まで伯爵の貴重なお時間を頂いておきながら無報酬でしたから」

 今までの分もお支払いしますねとベロニカはそう言って、

「"専属暗殺者"なんてかっこいい称号ですね、伯爵」

 国家公務員ですよ、とソファーで足をパタパタさせながら笑いながら猫のような金色の目を伯爵に向けた。

「ねぇ、伯爵。コレで堂々とここに伯爵が来る理由ができましたね」

 だからこれからもよろしくお願いしますと小さくそう言ったベロニカは眠そうにあくびをしてゆっくり目を閉じる。
 伯爵はじっとベロニカを見つめその先の説明を待ったが、それ以上ベロニカから言葉が出てくる気配はない。
 いつも元気なベロニカが話さずにいるので、2人がいるこの部屋には沈黙による静けさが横たわる。
 伯爵はベロニカを見ながら考える。

『何故、経営する商会への嫌がらせが急に止んだのか?』

『何故、呪われ姫と蔑まれ暗殺対象であるベロニカが王家承認済みで、自分が堂々と離宮に立ち入るための身分を用意できたのか?』

『何故、侍女1人おけない、ボロボロの離宮でほぼ自給自足の生活を送るベロニカが、自分に支払う報酬を用意できたのか?』

『何故、今ベロニカはこれほど疲れ切っているのか?』

 伯爵は小さくため息をつく。"何故"がどれだけ高く積み上がっても、きっとベロニカは答えない。
 伯爵はベロニカに問いかける。

「コレ、内容変更は可能です?」

「……報酬額気に入りませんか? もう少しくらいなら上乗せできますけど」

 気だるげに少しだけ目を開けたベロニカがそういうと、伯爵は首を振ってベロニカの銀色の髪を撫でる。

「報酬は、いつももらってますから。暗殺が成就した時の褒賞だけでいいです」

 まぁ、また会社が襲撃されたら困るので身分はもらいますが、といつものように淡々と無愛想な表情のまま伯爵はそう言った。
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