13番目の呪われ姫は今日も元気に生きている

8、13番目の呪われ姫は桜の季節を待ち侘びる。

 定められた手順を踏んでボロボロの離宮を訪れた青年、キース・ストラル伯爵は自作の時限爆弾片手に首を傾げる。

「……おかしい。静か過ぎる」

 いつもなら元気に飛び出してくるこの離宮の主の声が聞こえない。

「俺が来ると分かっていて、姫が外出するとも思えないしな」

 そう独り言をつぶやいた伯爵は、手に持っていた爆弾を仕掛けると、屋敷から一旦外に出る。
 時計に視線を落とし、セットした時間が過ぎた事を確認して中に入れば、時限爆弾だったはずのものは鳩時計に代わり、

『くるっぽー』

 っと可愛い声をあげて時間を告げていた。

「呪いが発動するって事は中にはいるのか」

 本日失敗した暗殺結果を回収してふむと頷いた伯爵の足元に、真っ黒で金の目をしたネコがするりと音もなく現れた。
 黒猫は伯爵の足元をくるりと一周するとスタスタと歩き出す。ついて来いと解釈した伯爵は、鳩時計を片手に黒猫の後ろを歩いて行った。

 この国の王家は呪われている。
 だが、その呪いを受ける人間は必ず13番目に生まれて来た王の子と決まっている。
『天寿の命』
 寿命以外では死ねなくなる呪い。
 そんな呪いにかかっているのが、このボロボロの離宮の主であるこの国の13番目の王女様、ベロニカ・スタンフォード。通称呪われ姫である。
 呪われ姫の首には、陛下の命で莫大な褒賞金がかけられているため、常に数多の暗殺者に狙われている。
 この離宮に立ち入る暗殺者は2種類。
 褒賞金目的や陛下の命令で伯爵家以上の貴族たちが雇ったベロニカを殺そうとする正統派の暗殺者か、ベロニカ本人が雇った彼女の呪いを解こうなんて考える変わり者の専属暗殺者(お人好しの伯爵)か。
 後者である伯爵だけはベロニカの許しを得ているので屋敷内トラップだらけ、裏庭にはドラゴンをはじめとした人外の存在が蔓延るこの離宮でも今のところ無傷で過ごせているので、躊躇いなく屋敷内を歩けているのだが。

「……ここ?」

 黒猫がピタリと足を止め『ニャー』と一声上げたそこは、初めて彼女を暗殺しに訪れた日以降足を踏み入れた事がない、ベロニカの寝室だった。
 伯爵がどうしようかと考え、目を離した次の瞬間に黒猫は跡形もなく消えており、いつもの応接室に帰る道もよく分からない。
 伯爵は仕方なく躊躇いがちにノックする。
 だが、中からは返事がない。そっとドアノブを回せば何の抵抗もなく回りドアが開いた。

「姫、入りますよ」

 そう声をかけた伯爵は、ドアをわざと全開にして音を立て中に入る。

「……姫?」

 伯爵の目に入ったのは、月明かりしかないその部屋の大きな窓を全開にしてそこに腰掛け、外をぼんやり見ていたベロニカの姿だった。
 表情がストンと抜け落ちたその横顔は、とても物悲しく、まるで一級品の人形のように美しかった。
 ああ、この表情(感情)には覚えがある。伯爵はベロニカの顔を見ながら、苦いものを無理矢理飲まされたような苦しさを感じ、伸ばしかけた自分の手を固く握った。

「伯爵……ああ、ごめんなさい。もうそんな時間でしたか」

 ようやく伯爵の存在に気づいたベロニカがそう声をあげたとき、びゅーっと夜風が流れ込む。
 先程伯爵がドアを開け放したためとても風通りの良くなったその部屋で、ベロニカの美しく長い銀色の髪がはためいた。

「ねぇ、伯爵。知っていますか?」

 ベロニカは春の夜風が運んできた濃いピンク色の花びらを手で掴み、

「桜の木の下には遺体が埋まっているんですって。その血を吸った桜は濃いピンク色の花をつけるんだとか」

 だからこんなに紅いのかしらと窓の外を眺めてベロニカはそう言う。
 そんなベロニカをじっと見ていた伯爵は、パチっと部屋の電灯をつけて、

「そんなことあるわけないでしょう。あれはそういう種類の桜です」

 と呆れた顔でそう言った。

「そもそも、遺体が埋まっていたとして、血を桜の木が吸う? 生き物の遺体なんかみんなもれなく分解されて養分ですよ。桜に限った話じゃありませんし、花の色に影響はありません」

 土のPHで色が変わる紫陽花じゃあるまいし、と伯爵はキッパリと否定する。

「情緒のカケラもない回答ですね、伯爵」

 力なく、少しだけ表情を崩したベロニカはそう苦笑をもらす。ベロニカの額に手を当てた伯爵は、

「熱はなさそうですね」

 何か食べました? と尋ねる。

「……忘れていました。少し考えごとをしていたので」

「なるほど、じゃあ出かけましょうか」

 ベロニカの回答を聞いた伯爵は、そんな決定を下すと、はい準備と問答無用でベロニカにそう告げる。

「はい? こんな時間にどこへ?」

 流石に驚いたように猫のような金色の目を丸くしたベロニカに、

「気分転換に、お祭りへ」

 伯爵はいつもと変わらない淡々とした口調でそう言った。
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