13番目の呪われ姫は今日も元気に生きている
 チクタクチクタクと規則正しく秒を刻む鳩時計を眺めながらソファーに座ったベロニカは、伯爵が温め直してくれたトマトスープを口にする。暖かさが冷えた身体に染みて少しホッとしたようにベロニカの表情が緩む。

「……聞かないんですか?」

「何を聞いて欲しいんですか?」

 問いかけが問いかけで帰って来て、部屋に沈黙が落ちる。

「この国の人ならきっと誰もが愛でる桜を嫌いな理由とか」

 初めて行ったお祭りはどこもかしこも熱気にあふれていて、みんな一様に桜の木を見上げ花を愛でる。
 その楽しげな様子が、人を隠してしまいそうな喧騒が、見渡す限り視界に入るピンク色の光景が、忘れようとした感情の蓋をこじ開けて、ベロニカの心をかき乱す。

「強引に聞き出す気はありません」

 話したくなったら、姫は勝手に話すでしょと伯爵はいつも通りの口調でそう言った。

「まぁでも言ってくれたほうがありがたくはあります。その方が地雷を踏まずに済むので」

「誰かの地雷を踏んだんですか?」

「ベルの……妹がね、コスモスの咲く頃になると調子を崩すんです。その時の様子が今のあなたによく似てるんです」

 ベロニカは驚いたような表情で金色の目を静かに伯爵に向ける。

「ベルは賢い子です。俺が見つけた時のベルは自分が子どもである事を自覚した上で誰にどう尻尾を振れば自分と弟の生存率が上がるのか、そんな事を計算しながら生きているような子でした」

 ベロニカは一度だけ会ったことのある伯爵の妹の事を思い浮かべる。
 伯爵とはあまり似ていないアクアマリンの様な色味の瞳を持つその女の子は、活発で人懐っこく、可愛いらしい子という印象だった。

「俺と弟妹は母が違うんです。ベルはしっかりした子ですけど、時々抱えきれなくなるんでしょうね」

 特に母親が死んだ時期になると、といった伯爵は"忘れてしまったらどうしよう"と泣く妹にしてやれることなどなく、ただ泣きやむのを待つしかない不甲斐ない自分を思い出す。

「だから、ベロニカ様もそうなのかなって」

 抱えきれない"何か"は、きっと簡単に他人が土足で踏み込んでいい内容ではないだろう。

「だから、無理しなくていいです。でも、心配なんで何かは食べてください」

 食べる事は、生きる事だからと伯爵はベロニカの金色の瞳を見ながらそう言った。
 ベロニカは伯爵の言葉を噛み締めて、残りのスープを飲み込む。
 呪われ姫と後ろ指を指されて、国中から死ぬ事を望まれるベロニカに生きる事を望んでくれる、そんな変わり者はきっと伯爵だけだ。
 クスッと笑ったベロニカは空になったスープカップを置いて、

「美味しかったです。ご馳走様」

 と伯爵にもたれたかってそういった。
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