13番目の呪われ姫は今日も元気に生きている
「罠、めちゃくちゃ増えてるな」

 よくまぁこれだけ作ったなと感心しながら、伯爵は壁にべったりついたカラーボールの残骸と飛び散ったインクを見る。
 ここに至るまで仕掛けられた罠は自分の手帳に記録してあったものとだいぶ異なる。
 ある場所を通過した瞬間おもちゃのダーツが飛んできたり、水が降ってきたり、こんにゃくが顔面に当たったりした。
 ちなみにこんにゃくはもったいないので伯爵が美味しく頂いた。

「俺、これ当たってたら明日仕事に行けなかったんだけど」

 貧乏なので、仕事に着ていけるようなきちんとした服は数点しか持っていない。それも全部父のお古を仕立て直したものであるが、汚して使い物にならなくなると明日からの生活に支障をきたす。
 んーどうするかと悩んでいると、ばさっとどこからかタオルが落ちてきた。

「……姫、もしかしなくても近くで見てます?」

 問いかけるも返事がない。
 おそらく近くにはいるのだろうけれど、出てくる気はないらしい。
 んーどうするか? と首を傾げた伯爵は、

「歩き回って喉が渇きましたねー。一旦仕切り直しにしてもいいですか?」

 と何もない空間に問いかける。
 すると伯爵が声をかけた場所とは反対の廊下の突き当たりから"がさっ"とわざとらしい音がした。
 伯爵が確かめに行くと小さな台の上に氷入りの水が置いてあった。

「……帰られるのは嫌なんですね」

 クスクスと肩を震わせて笑った伯爵は頂きますと言って一口口にする。

「レモン水ってあたりが姫らしい。ありがとうございます」

 飲み切ってグラスをコトっと置くと、また違う方向から音がする。
 伯爵がそちらに視線を向けている隙に空のグラスはどこかに消えていた。
 存在はアピールする癖に、素直に出てくる気がないベロニカの行動に非常に覚えがある伯爵はふむと頷き、

「俺、この手の扱いは慣れてるんですよね。割と」

 忙しいと遠回しに構って欲しいアピールをしてくる弟妹の顔を思い出し、伯爵は苦笑気味にそう言った。

『探してください』

 とだけ提示されたこのゲームの終わらせ方について考察するために伯爵は足を止めて座り込む。
 ヒントを探すように伯爵は一冊のノートを取り出してパラパラとめくる。

「ふっ、俺と姫様ほとんどここ(離宮)でお茶してるだけだな」

 出会ってからベロニカとした事はあらゆる暗殺を試してみて、毎回失敗して、ベロニカの淹れてくれたお茶を飲んで話す。
 このノートに記されているのはそんな変わり映えのない、幸せで平和な日常だ。
 そんな日常からベロニカの為人を抽出してみる。
 ベロニカ・スタンフォード、17歳。
 呪われていることと魔法という特殊な体質を持っている事を除けば、王女らしくないごくごく普通の女の子だと伯爵は思う。

『私はここにいるって、誰かに見つけて欲しくて』

 不意にベロニカの言葉が蘇る。

「すぐ拗ねて、やきもち焼きで、ヒトの事をおちょくって振り回すくせに、悪者にはなりきれなくて、わがままらしいわがまま一つ素直に言えない、そんなどこにでもいる泣き虫な"ごくごく普通の女の子"」

 伯爵はベロニカの為人を思い浮かべるようにぽつりと小さく漏らす。

「……俺追うより追われる方が好きなんですよね」

 省エネ派なんですよねとつぶやくとノートを閉じてカバンにしまった。
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