13番目の呪われ姫は今日も元気に生きている
 人が何か行動を起こすにはそれ相応の理由がある、と伯爵は思う。
 たとえそれが、他人には理解できないものであったとしても。
 呪われ姫であり、魔法という特殊な体質を持っているベロニカの許しがなければこの離宮内で彼女に辿り着くことはできない。
 ベロニカの言葉を信じるならば、認識阻害によって存在そのものを認知できなくなるらしい。
 そんな彼女を捕まえる方法にひとつだけ心当たりがある。

「……仕掛けるとすればこのあたり、かな」

 離宮の外に出た伯爵は当たりをつけて目的のモノを探す。

「ビンゴ、だな」

 この離宮内にあるトラップは元々対侵入者用ではなく、ベロニカが忘れた頃にうっかり事故死しないかなぁという理由で自分で仕掛けたベロニカによる彼女のための暗殺道具(時限爆弾)だ。
 その離宮の中のトラップが今は全て"イタズラ"程度で済む、怪我のしないものに置き換えられていた。それは多分、離宮内を彷徨うようになった専属暗殺者(殺したくない相手)のためにベロニカが変えたから。
 伯爵が探していたのはそれらに紛れ込ませるように隠された本物のトラップ。(暗殺の刃)
 木の上にあったそれはしっかりとセットされたボーガンの発射装置。
 固定されているこの紐が劣化して切れたならこの矢はベロニカの自室、いつも彼女が寝起きする場所に向かって一直線に放たれる。
 それはいつか、ベロニカが偶然死ぬかもしれない彼女の命を終わらせるための仕掛け。

「おいで、アンバー」

 伯爵に呼ばれた賢い飛竜は大好きな主人の声を聞きつけて、きゅきゅーいと鳴き声をあげて飛んできた。
 身体を擦り付けてくるアンバーの頭を指先で撫でてやると、

「俺があの窓の前に立って3つ数えたら、この紐を焼き切れ」

 伯爵は短くアンバーにそう命令した。
 
 放たれたボーガンの矢が通る線上に伯爵は静かに立つ。計算が正しければ、その矢は綺麗に自分の心臓を貫くだろう。

「3」

 伯爵は声に出してカウントを始める。

「2」

 全く躊躇うことなく、淡々と。

「1」

 伯爵がそう言った瞬間、木の上で淡いオレンジ色の光が灯る。
 伯爵の耳には風を切る音が聞こえたが、その矢が何かを貫くことはなかった。伯爵が視線を向けた先には窓に張り付くおもちゃの矢が一本あるだけだった。

「……姫、全力でタックルは流石に痛いです」

 あちこち打ったんだけどといつもの口調で伯爵は文句を述べたあと、

「はい、捕まえた」

 これでかくれんぼのような鬼ごっこはおしまいですねとしたり顔でそう言った。

「なんて……なんて、危ないことをしているんですか!?」

 伯爵のことを押し倒すような形で上に乗っているベロニカは青ざめた顔をしていて、震える手でぐしゃっと伯爵の胸元を掴みそう叫ぶ。

「こうでもしないとあなたは出てこないだろうと思いまして」

 勝算はあったんでと伯爵は逃げられないようにベロニカの手首を掴み笑う。

「これでも、ベロニカ様に追いかけてもらえるくらいは好かれていると自惚れてますが、違うんですか?」

 実際出てきたでしょう? と伯爵は当然のように言う。

「だとしても! こんな……無茶を……」

 自惚れなんかではないけれどとベロニカは唇を噛み締める。
 伯爵にもしもの事があったらと考えるより先に身体が動いていた。

「伯爵は(呪い子)とは違うんです! あなたは普通の人間なんですよ!?」

 とベロニカは両手で伯爵の胸ぐらを掴んだままその金の目に涙を溜めて叫ぶ。
 一歩間違えれば死んでいたかもしれない。伯爵は自分とは違う。
 呪われていない彼には"死なない保証"なんてどこにもないのだ。

「ベロニカ様、何か勘違いしていませんか?」

 そんなベロニカを見てもう彼女が逃げないだろう事を確信した伯爵は掴んでいた手を離し、代わりにベロニカの銀色の髪を撫でる。

「え?」

「あなただって"普通の人間"です。少しヒトとは違う"特殊な体質"を持っているってだけの」

 存外世の中にはそんな人間で溢れかえっているんですよ、と伯爵は淡々とした口調でそう話す。

「俺だってあなたを失いたくないんです。拗ねる分には構いませんが、自分の暗殺を趣味するのはおやめください」

 その点に関しては俺もそれなりに怒っていますからとベロニカの涙を指先で拭いながらそう言った。
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