13番目の呪われ姫は今日も元気に生きている
いつもの応接室でまだ泣きぐずっているベロニカの前に伯爵は淹れたての飲み物を差し出す。
「伯爵! ネコ!! ネコが浮いてるんですけど、これは何ですか!?」
「3Dラテアート。ネコは俺の趣味です」
あと他にも数種類できますと伯爵は目をキラキラさせてカップを見つめるベロニカにそう申告する。
「相変わらずド器用なっ」
「コレやると妹が高確率で泣き止むので」
ベロニカ様にも有効で良かったですと伯爵は自分の分のコーヒーを口にして笑った。
飲むのがもったいないとラテアートを愛でているベロニカに、
「配慮が足らずすみませんでした」
と伯爵は素直に謝る。
「……伯爵に謝られたら、私立つ瀬がないじゃないですか」
勝手に一人で拗ねて、困らせたのは自分の方なのに、伯爵はこんなときいつも折れてくれる。
「ごめん……なさい」
そして、そんな時いつも思う。
全部を見透かした上で、こんな子どもじみた癇癪に付き合ってくれるくらい、彼は大人なのだ、と。
「まぁ、姫が構って欲しいとゴネる分には怒ってません。確かにここのところアンバーにかかりきりで姫の暗殺をおざなりにしていた自覚はあるので、姫のお怒りもごもっともだなと思ってますし」
珍しく神妙な顔をして反省していますと言った伯爵を見て、ベロニカは驚いた顔をする。
「……怒って……いるわけではない……のです」
どう言えばいいのか分からないのですが、と歯切れ悪くそう言ってカップに浮かぶ白ネコをスプーンで軽くつついたベロニカは、
「……寂しい、なんて……言ったら呆れますよね」
と静かに言葉を紡ぎ出した。
「伯爵に出会うまで、多分私はこんなに寂しいなんて……思わなかった……です」
伯爵と出会ってからの時間の方が、今まで一人でいた時間よりずっと短い。それなりに一人の生活だって楽しめていた、はずだった。
それなのに。
「伯爵がいる時間が楽しいと思えば、思った分だけ、いない時間が寂しくて」
寂しいが積み重なって、我慢ができなくなってしまってと、ベロニカは金色の目を伏せる。
「別にいいんです。伯爵が、毎日来てくれる理由がやきとりのためでも」
でも、何故だろう。
前よりずっと会う頻度は増えたはずなのに、その後のひとりぼっちの時間に息が詰まりそうになる。
また明日の約束があるはずなのに、一人で過ごす夜が重い。
「待ってる時間が寂しいなんて、子どもみたいな事を言って困らせてしまってごめんなさい」
とベロニカは少し寂しそうに笑った。
ベロニカの話を聞き終えた伯爵はじっと彼女の金色の瞳を覗く。
『どうぞ、私のことを殺してはいただけませんか?』
伯爵は初めてベロニカと対峙した時、にこやかに笑い、ダンスでも申し込むような軽やかさでそう言った時の様子を思い出す。
あの時は、まるで表情の読めない人形のようだと思った。
だけど、今は。
『誰か、って願っていたら伯爵が殺しに来てくれました』
ベロニカがひとりぼっちの時間をどうやって過ごして来たのかを知っている。
誰か。
誰か、誰か、誰か、誰か。
ひとりぼっちの彼女が幼い時から寂しさを抱えながら、数多の暗殺者が差し向けられるこの離宮から出ることもできず、呼び続けた名前も知らない"誰か"。
それは、ベロニカに以前聞いたこの関係のはじまりの物語。
「伯爵! ネコ!! ネコが浮いてるんですけど、これは何ですか!?」
「3Dラテアート。ネコは俺の趣味です」
あと他にも数種類できますと伯爵は目をキラキラさせてカップを見つめるベロニカにそう申告する。
「相変わらずド器用なっ」
「コレやると妹が高確率で泣き止むので」
ベロニカ様にも有効で良かったですと伯爵は自分の分のコーヒーを口にして笑った。
飲むのがもったいないとラテアートを愛でているベロニカに、
「配慮が足らずすみませんでした」
と伯爵は素直に謝る。
「……伯爵に謝られたら、私立つ瀬がないじゃないですか」
勝手に一人で拗ねて、困らせたのは自分の方なのに、伯爵はこんなときいつも折れてくれる。
「ごめん……なさい」
そして、そんな時いつも思う。
全部を見透かした上で、こんな子どもじみた癇癪に付き合ってくれるくらい、彼は大人なのだ、と。
「まぁ、姫が構って欲しいとゴネる分には怒ってません。確かにここのところアンバーにかかりきりで姫の暗殺をおざなりにしていた自覚はあるので、姫のお怒りもごもっともだなと思ってますし」
珍しく神妙な顔をして反省していますと言った伯爵を見て、ベロニカは驚いた顔をする。
「……怒って……いるわけではない……のです」
どう言えばいいのか分からないのですが、と歯切れ悪くそう言ってカップに浮かぶ白ネコをスプーンで軽くつついたベロニカは、
「……寂しい、なんて……言ったら呆れますよね」
と静かに言葉を紡ぎ出した。
「伯爵に出会うまで、多分私はこんなに寂しいなんて……思わなかった……です」
伯爵と出会ってからの時間の方が、今まで一人でいた時間よりずっと短い。それなりに一人の生活だって楽しめていた、はずだった。
それなのに。
「伯爵がいる時間が楽しいと思えば、思った分だけ、いない時間が寂しくて」
寂しいが積み重なって、我慢ができなくなってしまってと、ベロニカは金色の目を伏せる。
「別にいいんです。伯爵が、毎日来てくれる理由がやきとりのためでも」
でも、何故だろう。
前よりずっと会う頻度は増えたはずなのに、その後のひとりぼっちの時間に息が詰まりそうになる。
また明日の約束があるはずなのに、一人で過ごす夜が重い。
「待ってる時間が寂しいなんて、子どもみたいな事を言って困らせてしまってごめんなさい」
とベロニカは少し寂しそうに笑った。
ベロニカの話を聞き終えた伯爵はじっと彼女の金色の瞳を覗く。
『どうぞ、私のことを殺してはいただけませんか?』
伯爵は初めてベロニカと対峙した時、にこやかに笑い、ダンスでも申し込むような軽やかさでそう言った時の様子を思い出す。
あの時は、まるで表情の読めない人形のようだと思った。
だけど、今は。
『誰か、って願っていたら伯爵が殺しに来てくれました』
ベロニカがひとりぼっちの時間をどうやって過ごして来たのかを知っている。
誰か。
誰か、誰か、誰か、誰か。
ひとりぼっちの彼女が幼い時から寂しさを抱えながら、数多の暗殺者が差し向けられるこの離宮から出ることもできず、呼び続けた名前も知らない"誰か"。
それは、ベロニカに以前聞いたこの関係のはじまりの物語。