13番目の呪われ姫は今日も元気に生きている
「俺は自分の関心のない事に時間を使うタイプではありません」

 伯爵は静かに言葉を紡ぐ。
 時間は有限なので、と言った伯爵は、

「俺にとって"呪われ姫の暗殺"はなかなかに興味深い研究テーマですよ」

 そう言って研究中の記録を書いているノートを見せる。

「とりあえず目標は呪いを解くことで、俺が"呪われ姫"の存在を殺すこと、ですかね」

 あなたの専属暗殺者ですからと言って伯爵は静かに笑う。

「なので、ベロニカ様も何かを研究してみてはいかがでしょうか?」

「……研究?」

 きょとんと聞き返したベロニカに、伯爵はコーヒーを飲みながら頷く。

「テーマ設定は自由ですが、知らない事を追いかけるのは楽しいですから」

 と優しい口調でそう言った。

「……楽しい?」

 ベロニカは不思議そうに伯爵の言葉を復唱する。

「少なくとも俺は楽しいです」

 あなたはあなたらしく、やりたい事をやればいいんですと伯爵は言葉を締めくくった。

「……伯爵は、やはり少し変わっていますね」

 話を聞き終えたベロニカは金色の猫のような瞳を瞬かせながらそう漏らす。
 彼は呪われ姫の研究が興味深く楽しいのだと言う。そしてそんな事を言ってくれるのはきっと伯爵だけだなとベロニカは思う。

「さて、では今日はこの辺でお開きにしましょうか」

 伯爵は帰り支度をしなければと時計に意識をやる。
 じっと考えこんでいるベロニカに近づいた伯爵は、傅いて彼女と視線を合わせると今日はこれでおしまいですと声をかけた。
 金色の目が瞬いて、こちらを見るのを確認し、

「俺はそろそろ」

 帰りますと続くはずだった伯爵の言葉は不自然に途切れた。
 黒曜石の瞳が驚いたように見開かれ近い距離で彼女を捉える。
 重ねた唇をゆっくり離したベロニカは、

「油断しましたね、伯爵」

 してやったとベロニカはイタズラが成功した子どものように笑う。

「……何、やってるんですかあなたは」

 完全に油断したと伯爵は額を押さえてため息をつく。

「研究テーマ決めました! どうすれば伯爵の仏頂面を崩せるか、にします」

 警戒心が足りませんね、と言ったベロニカは、とても楽しげな表情を浮かべて笑う。

「私、気づいてしまったのです。伯爵は私に手を出せないかもしれませんが、私から出す分には問題ないということに」

 ドヤ顔でそんな爆弾を投下した。

「いや、有りますよ!?」

 珍しく焦ったような表情を浮かべる伯爵を見ながら、この黒曜石の瞳がずっと自分のことだけを考えてくれたらいいのにと願う。

「未知を追いかける。確かにワクワクしますねー。いーっぱい、主に私が楽しいと思うこと仕掛けますから覚悟してくださいね!」

 伯爵を振り回す研究なんて楽しみですと機嫌良さげに笑いながらそう高らかに宣言したベロニカが、ありとあらゆる手を尽くし自分の生涯をかけて、伯爵を振り回すのは、これから先の2人のお話し。
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