13番目の呪われ姫は今日も元気に生きている
「改めまして、伯爵お誕生日おめでとうございます」

 すっかり片付け終わった部屋で、ベロニカ特製のぶどうジュースと柚子ゼリーを出される。
 ちなみにどちらも離宮で栽培されている自家製だ。もっとも元の苗自体は随分昔にベロニカが王宮の農場から拝借したものだけれど。
 自給自足の生活が続く間は返す予定はないのだが、王女であるのにもかかわらず、本来支払われるべき王族の生活費の支給が一切ないので、そこは目をつぶってもらうことにする。

「今年の伯爵の誕生日、何が欲しいです?」

 誕生日にはサプライズと称して毎度ドッキリを仕掛けてくるベロニカだが、欲しいプレゼントだけは聞いてくれる。
 冗談で言った禁術書庫の閲覧資格まで与えられた時は正直どうしようかと思ったが、研究を進める上でかなり役に立ったのでそこで得た知識はありがたく使わせていただくことにした。
 ベロニカと過ごした日々を振り返り、人間なんでもなれるものだと伯爵は自分順応性の高さに感心する。

「なんでもいいんですか?」

「もちろん! 伯爵のためなら国中敵に回しても手に入れます」

 猫のような金色の目を輝かせ、冗談なのだか本気なのだか分からない口調で、ベロニカは楽しげに答える。
 彼女はいつだって変わらない。時を経てもただ彼女は自分のことが好きなだけで、いつでもその瞬間(とき)を全力で楽しんでいる。一瞬たりとも手のうちからこぼすことがないように、大切に大切に今を生きているのだ。
 そんなベロニカだから。

「では、そろそろ俺と結婚しますか?」

 これから先の人生(時間)も一緒にいたいと伯爵は所望する。

「…………っは、本日はそういう暗殺!? 驚きすぎて、一瞬息をするの忘れましたよ!!」

 心臓が止まるかと思ったと、ベロニカは金色の目を瞬かせ驚いた口調でそう述べる。

「ふふ、伯爵がハニートラップを仕掛けてくるだなんてびっくりです。あーでも今までで1番効果のある暗殺方法だったかもしれません」

 まぁ、私は呪われてるので死にませんけどと言ったベロニカの手をとって伯爵はそこに口づけを落とす。
 驚いて何度も目を瞬かせるベロニカに、

「失礼な。暗殺でもハニートラップでもなく、俺は本気で言っているんですが?」

 伯爵はいつもと変わらない口調でそう述べる。

「ずいぶん待たせてしまいましたが、借金を返す目処も立ちましたし、これから本格的に領地を立て直そうと思うので、人手も必要ですし」

 何せ現時点では誰も手を差し伸べてくれない借金まみれの貧乏伯爵家ですし、と伯爵を楽しげに笑う。
 
「これから先俺と一緒にいても、多分苦労することの方が多いと思いますけど。あなたはきっとそんなこと気にも留めずこれから先も変わらずに俺の事を振り回し、楽しげに笑っているのでしょう。そんなベロニカ様を間近で見ている人生は悪くないなぁと思ったんです」

 伯爵はまっすぐにベロニカの目を見て、淡々とした口調で言葉を紡ぐ。

「国中を敵に回しても構わないと言うのなら、一緒に秘密を抱えて俺のものになってくれます?」

 そう言って伯爵が差し出したのは1冊のノート。そこには出会ってから今日まで記した"呪われ姫"の考察が書かれている。

「あなたが望むなら、俺はこの国から"呪われ姫"を消そうと思います。俺はあなたの暗殺者ですから」

 伯爵はそう言って言葉を締めくくる。
 そんな伯爵をじっと見つめ返したベロニカは形の良い唇で弧を描くと、

「ふふ、やはり伯爵が変わっていますね」

 楽しそうにそう答え、ノートを受け取る。

「答えなんて、最初から決まっているではありませんか?」

 何故なら目の前にいるのはベロニカ自身が選んだ、専属暗殺者(大好きな伯爵)なのだから。

「どうぞ、私のことを殺してはいただけませんか?」

 ベロニカは初めて出逢った日のように淑女らしくカーテシーをして、同じ言葉を口にした。
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