花橘の花嫁。〜香りに導かれし、ふたりの恋〜


 《士貴side》

「――お香を始めます」


 紗梛の挨拶でザワザワと空気が悪かったのが一気に空気が一瞬で変わった。
 昨夜の夜会の時の不安そうな表情なんて忘れるような、彼女は凛とした表情をしている。

 そして、完璧な所作と作法。紗梛は香棚から記録紙と硯箱をとり執筆係に渡した。そして乱箱も取り、仮置きする。乱箱から地敷を敷いてから打敷を敷く。そしてその上に手記録盆・本香盤・試香盤・重香合・香筋建・香炉などの道具を取り出し並べる。
 その所作は美しく、数日で身につくものではないことがわかる。何年も稽古して自分のものにした紗梛の努力を物語っていた。 

 それからも先ほどの綾のようなことはなく、連衆も戸惑うなんて一度もなくコソコソと話す空気にもなることはなくてあっという間に試香・本香が終わり紗梛の「香満ちました」という挨拶で一同がお辞儀をして終了した。


 香席が終わった後も、紗梛のもてなしは終わらず香席から変わり紗梛はお茶を振る舞った。
 紗梛はもはや庶子の娘ではなく、本物の令嬢より完璧で立派な櫻月家の令嬢としてもてなしを務めた。

 帝と女御は、沙梛に賛辞を送ると退室をした。それから沙梛も退室すると、広間は異様な空気になる。
 今までの櫻月の評判は実子で嫡女である綾ではなく紗梛だったのではないのか、と言った声が聞こえてきたが、俺が立ち上がると東宮も立ち上がって静かに広間から出た。


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