別居恋愛 ~もう一度恋からはじめよう~
 芳恵の前でも散々泣いたというのに、涙はちっとも枯れてなくならない。それでも泣き続けていれば、少しだけ冷静になった自分が現れて、瞳は拓海の手を握りしめると勇気を振り絞ってその口を開いた。

「拓海っ」
「ん?」
「私……見た……」
「何を?」

 直接的にそれを口にするのは怖くて、瞳は遠回しな単語を選択していた。

「拓海の鞄」
「……俺の鞄?」
「……鞄に……」
「ちょっと待ってろ」

 拓海はそういうと一度瞳から離れて、自身の鞄を持ってきた。けれど、それは問題の鞄ではなくて、新しく買い替えたほうの鞄だった。

「これか?」
「……違う」

 瞳が否定すると拓海はまた別室へと行き、今度は例の鞄を持ってきた。

「これ?」

 その鞄で間違いない。瞳はもうそれを目にしただけで、息ができなくなりそうなくらい苦しい。少しは落ち着いていた涙もまた溢れだしてしまった。
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