別居恋愛 ~もう一度恋からはじめよう~
「……それっ……」
「これがどうした?」
「ふっ……うっ……中に」
「中? 何も入ってないぞ?」

 拓海は中を広げながら見せてくる。確かに何も入っていないように見えるが、瞳は中のポケットにそれが入っていることを知っている。瞳は震える手で恐る恐るそのポケットに手を突っ込むと指先に当たったそれを取りだして拓海に見せた。

「……これっ……なんで? ……拓海っ……別れたかった?」

 瞳は、どうか嘘だと言ってくれと思いながら拓海に問うた。それ以外の理由でこれを持つ意味など瞳には見当がつかないが、それでも瞳は否定してほしかった。

 涙で視界がぼやけて拓海の表情は見えない。けれど、それを見た拓海から聞こえてきた声は随分と戸惑ったものだということはわかった。

「……え? ……は? 何だよ、これ……」

 その困惑ぶりが予想外で、瞳は目に溜まった涙をぐいと拭って拓海の顔を見た。拓海は先ほどの声音と同じく戸惑った表情をしている。

「なんで……あっ……くそっ!」

 しばらくは困惑の表情を浮かべていた拓海だが、何かに気づいたようにして、急にその表情を歪めた。そして、拓海は激しい怒りの表情をその顔に浮かべながら、瞳の目の前で突然電話をかけ始めたのだった。
< 133 / 156 >

この作品をシェア

pagetop