別居恋愛 ~もう一度恋からはじめよう~
「瞳、食べるのちょっと待って」
「うん?」

 どうしたのかと拓海のほうを窺ってみれば、拓海は流れるような動作で瞳の顎をすくい上げ、軽く触れるだけのキスを落としてきた。

「……なんで?」

 別に理由が問いたいわけではなかったが、予想もしていなかったことが起きて、まったく頭が働かず、勝手にその言葉がこぼれ落ちていた。

「したかったから。はは、かわいい。照れてる」

 熱くなってしまった頬を撫でられ、自分が照れているのだということを自覚させられるとより恥ずかしくなってしまう。もうどういう反応をしたらいいのかわからなくて、瞳はついつい抗議の声をあげていた。

「もう! だって、拓海が!」
「ごめん。からかってるわけじゃないから。本当にしたかったんだよ。嫌だった?」

 嫌なわけない。むしろ待ち望んでいた。この間、冗談で終わってしまってずっと残念だと思っていたのだ。だから、瞳は大きく首を振って、拓海のその問いに否定していた。

「そっか。じゃあ、もっかいする?」
「……うん」

 瞳が小さく肯定するとまた軽く触れるだけのキスが降ってきた。

「はあ、何だこれ。心臓痛い。ごめん、ちょっと抱きしめさせて?」

 ぎゅっと強く抱きしめられると、キスの余韻が全身に広がっていくような気がした。心臓が激しく脈打って苦しいはずなのに、なぜかそれさえも心地よくなっている。キスなんてもう何度もしたはずなのに、とても特別なものに感じられた。互いの想いを伝え合ったような、不思議な心地だった。
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