幽霊の依子さんは 今日も旦那様を愛す
「姫川さん、こちらに」

大路さんに肩をすっぽりと抱かれて、人々の波に乗ってゆっくりと移動する。

大路さんは電車の角に私を移動させた。

「ここなら壁に寄りかかれます。降りる時は私が出口まで連れて行ってあげます」
「え?でも、大路さんってどこで降りるんですか?」

「かなり先です。姫川さんはどちらですか?」
「3駅先の学院前です」

「・・・すみません」
「?」

「本当は私も学院前です」
「ええー。ふっ」

大路さんはバツの悪い顔をした。

私が降りる時まで一緒にいてくれるつもりだったのだろう。
私に機を遣ってかなり先と答えたのだと分かる。

話し方は丁寧でそっけない程なのに、行動が優しすぎる。
そして、気持ちが顔に出る性格なのだろう。

大路さんは大人なのに、おじさんなのに・・・・。
「可愛い・・・あ!」
呟いてしまった口を慌てて押さえる。

「聞こえました?」
そっと上目遣いで顔を見上げた。

「ええ聞こえました。
まさかとは思うので、一応確認させてください。
何が可愛いのですか?」
「あはは。なんでしょうね」

私は電車の壁に背中を預けてすがっている。
大路さんは私に向かい合って立ち、片手を私の横の壁についている。

壁ドン?

満員電車の揺れで時々私に触れる大路さんのシャツ。

私を押しつぶすことは絶対にないように空間をとっていてくれる。

時折香る大路さんの香り。
かすかな甘い香りと下から見上げる顎のラインに大人の色気を感じた。

「どうしました?」
視線を落とした大路さんと目が合い、ドキッとした瞬間、ガタンと電車が揺れた。

大路さんは私の頭の上で壁に肘をつき、もう片方の鞄を持っている方の手を私の横の壁について、体を支えた。

大路さんの胸が頬にあたる。

厚い胸板だあー!
ドキドキが隠せない。

「ごめん!大丈夫?」
と離れて私を見下ろす大路さんに、完全に心を奪われた。


「あ、はい。大丈夫・・・です」

頬の熱を感じ、慌てて俯いた。



俯いたこの先に・・・。




・・・大路さんの薬指に光る指輪があった。




姫川弥生。27歳。
大路さんを恋愛対象と意識したと同時に恋の終わりを悟るのだった。



恋の予感、終了ーーー!
速かった~。
でも、始まる前で良かったんだよ、うん。

そう心の中で呟いて自分を納得させる。






ぽん。   




大路さんの掌が頭に乗った。



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