課長のケーキは甘い包囲網
俺は、ひと切れ食べて口に広がるラム酒の香りと風味にまた有紀の顔を思い出した。
有紀は、フルーツを入れたケーキにラムを入れたがる。幸せだったころ、レシピを一緒に考えていた頃のことが走馬灯のように頭によぎる。
「課長?美味しくないんですか?」
気がつくと目の前で田崎が心配そうに俺を見てる。いかん、すっかり目の前から逃避していた。
もうひとくち。確かにうまい。前より素材の生かし方が上手くなっている。アイツはまた成長してるんだな。
「どうしたんです?具合悪いの?」
何も答えず様子の変な俺に、横に回ってきて、おでこに手を当てられた。ビックリして、身体を引いた。
「あ、すみません。でも熱はないですね。無理しないで、早く休んでください。先週もお忙しかったのに、朝早くから市場行って疲れたんじゃありませんか?あとは、全部私がやりますから……」
「……あ、ああ。すまない。少し休む」
「はい」