課長のケーキは甘い包囲網

「どうしてですか?誠司さんは澄川さんがいなくなってからケーキが作れなくなったそうです。最初人事に来た頃、笑わない人で怖かったと部署の人も言ってました」

「ケーキを作れなくなったのは私のせいよ。ふたりでコンビを組み始めてから……。ライバルだった私を恋人として大切にするあまり、私の意見ばかり通して、自分の作りたいケーキを後回しにしてくれた。だから、離れるべきだと思っていたの」

 そうだったんだ……。

「だから、あの苦情問題をきっかけにしたの。彼との交際もすっぱりやめた。あの会社の上司にも嫌気がさしていたし、転職は実は前から考えていたの。あ、ごめんね、今あの会社にいるのに……」

「いいえ。商品開発課とはほとんど行き来がありませんので……」

「私へ会いに来たのはケーキを注文するためだけじゃないんでしょ?」

「はい。カードを有紀さんからもらってからの彼はすごく動揺していて見たことのない人でした。話を聞いて安心しました。聞いても私には教えてくれないので……ちょっと気になっていて」

「そうだったのね。このあいだ会いに来てくれた時、本当のことを話した。辞めた直後は言えなかったけど、あのときは納得して聞いてくれた。好きな人が出来てケーキを作る理由ができたって言ってたわよ」
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