課長のケーキは甘い包囲網
二人で頭を下げているうちに彼は出て行った。店長はそれ以降、トラブルの仲裁をやっとするようになった。
彼のお陰だ。彼にもう一度会えたらお礼を言おうと思っていた。
ところがそのイケメンはそれ以降、私がいる昼間の半年間は一度も来なかったのだ。
私は田崎すみれ。大学生だがもうすぐ就活予定。
田舎は長野で、大学合格後上京した。最初は女子寮暮らしだったが、ここ一年ようやくひとり暮らしになった。
だが、なかなか大変。親は長野で料亭をしている。そのせいか、とにかく家事が苦手。料理はしなくても賄いをもらって食べていたし、自分で作ることはなかった。
妙に舌が肥えているのも自覚している。卒業前に父から地元の専門学校に料理を習いに行くか、母について女将修業をするか選べと言われて、親に内緒で大学の文学部歴史学科を受験した。
料理や家事は正直不得意だから、父の言うことはどちらも不向きで絶対やりたくなかった。母も、兄もそれをよく知っていたので無理強いはよくないと父に言ってくれた。父は駅に近いホテルの御曹司との縁談話があると私にほのめかした。
このままでは父に囲い込まれると思った。女子力ゼロだったが、勉強は少し出来た。有名大学ではないが、歴史を勉強したくてそういう学部を選んで受けたら幸運にも受かった。