スロウモーション・ラブ
つられるように足を止めた私の目の前にりくの頭頂部が向いた。
「ごめんっ」
「……へ?」
身体を折り謝罪するりくに、思わず間の抜けた声を出してしまった。
謝罪の意味を考えている私へりくは畳み掛けるように言葉を重ねる。
「この前のアレだよな。急にキスして、ほんとにごめん。怖がらせたと思う」
「えっと、あれは……」
今さらあのキスについて触れられるとは思っておらず、返事が思うように出てこない。
"事故なんだから気にしなくていい"と言えないのは、なぜだろう。
(いや、事故だったでしょ)
心の声に反して、言葉がなかなか見つからない。
りくは顔を上げると、神妙な表情で告げた。
「フリ、やめよう」
「……りくは、それで大丈夫なの?」
もともとはりくが言い出したことだ。りくがやめると言うなら私に止める理由はない。
だけど、少し寂しかった。
「私は別に大丈夫だよ?」
「いや、俺が間違ってたんだって思うから。だから、もうフリはやめよう」
「……うん、りくがそう思うなら、わかった」
いつも通りに笑えたかはわからない。
りくに捨てられたわけでも距離が空いたわけでもないのに、先輩に情けなく振られ、りくにも必要ないとされ、すべてに見限られたような寂しさを感じてしまう。
だけど、この寂しさはどこか抱いてはいけない感情のように感じた。
「りくの思う通りにしたらいいよ」
「じゃあ、明日からはやめる」
「……うん」
ひとりぼっちになってしまったような気持ちを抱え、家に帰るまで文字通り空元気でどうでもいい話ばかり喋り続けた。
告白すらできずに振られた胸の痛みも、何もできなかった情けない恋も、どこか寂しさを感じる胸の内も、あのキスも。
丸ごと片隅に押しやって、普段よりも速く歩いた。