スロウモーション・ラブ
おばさん、というには若々しい見た目に、私は律子さんと名前で呼んでいる。
「律子さん、久しぶり」
「はなちゃん、長袖着て暑くないの?」
「暑いけど日焼け対策だよ」
「日焼け対策大事ね。私も若い頃にちゃんとしとけばよかったわ!」
律子さんはりくと似た目元にきゅっと皺を寄せて笑う。
幼い頃から慣れ親しんだ私には第二の母だ。
「そういえばはなちゃん、テストお疲れさま。りくは全然ダメだったって言っててねぇ。はなちゃんはどうだった?」
今一番ホットな話題に私は「ふっふっふ……」とわざとらしい笑い声を出す。
そして、モゾモゾと鞄を探り、順位表を取り出した。
「なんと、128人中15位でした!」
すると、律子さんの目がみるみるうちに大きくなる。
口に手を当てて漫画のキャラのような表情は、次の瞬間にはぱあっと明るい笑顔に変わる。
「はなちゃん賢いのね!りくは自分のレベルより高い学校に頑張って合格したはいいけど、入学してからテスト難しいでしょ?もう、心配でねぇ」
律子さんによりりくが「頑張って合格した」ことを勝手に知ってしまい、少し気まずい。
苦笑いを浮かべていると、律子さんはパンッと両手を合わせ「そうだわ!」と声を上げた。
「はなちゃん、りくの勉強見てあげてくれない?はなちゃんが学校の先輩なの心強いわぁ〜。りくに言っておくから、明日からでもおいで!ね!」
「えっ」
戸惑う私を置いて、律子さんは決定だとばかりに話を進める。
昔からこういう時の律子さんはなかなか強引なのだ。
「アイスでも用意しておくから!あ、バイト代渡した方がいい!?」
「や、そんな大げさな……」
というか、まだ引き受けたわけじゃないと言いたいけれど、律子さんはぽんっと私の肩を叩く。
「はなちゃんいて助かるわぁ。しばらくの間だけでいいからお願いね!」
どうやって断ろうかと頭を悩ませているうちに、律子さんは「買い物行くから」と去っていってしまった。
まあ、律子さんの心配もわかる。
うちの高校は赤点となるラインが厳しい。
ふと、中学の頃のりくの成績を思い出す。
確か英語と数学が苦手だったはず。逆に、私の得意科目だ。
律子さんの姿はもう見えないし、アイスも用意しておくって言ってくれたし、昔は毎日入り浸っていたりくの家だし、律子さんには色々お世話になったし……。
律子さんの言う"しばらく"がいつまでのことかはわからないけれど、たくさんの理由をつけて引き受けることに決めた。