スロウモーション・ラブ
ピンポーン、とインターホンが鳴って数秒後。
玄関のドアが開き、りくが「おう」と顔を出す。
「家庭教師しにきました」
ビシッと敬礼をするも、りくはスルー。りくに誘導されるまま家へと上がる。
「お邪魔します」
「はなちゃんいらっしゃい。わざわざありがとうね〜。りく、ちゃんとお礼言いなさい!」
「母さんが勝手に呼んだんじゃん」
律子さんにタジタジのりくにクスッと笑いながら階段を上がり、数年ぶりにりくの部屋へ足を踏み入れた。
無くなった学習机や木からパイプになったベッド、雰囲気の違うインテリアに少し戸惑う。
なんだか男の人の部屋に来たみたいだな、なんて感じながら落ち着かない気分で腰を下ろした。
りくは勉強道具をローテーブルに置いて、私をじっと見る。
「はなび、俺のこと嫌じゃないの?」
「……な」
なんで、と聞こうとして思い出す。
"急にキスして、ほんとにごめん"
そうだ。りくはあのキスが原因で私が元気がないのだと思って、恋人のふりをやめると言った。
今ならわかる。あの時言うべきだったのは"キスが原因じゃない"ということだった。
でも、あの瞬間、私は色んなことが重なり余裕がなかった。
先輩に告白もできずに振られたこと。それから……。
"急にキスして、ほんとにごめん"
キスが故意だったような言い方に聞こえてしまったからだ。
もう一度耳の奥に蘇った声のせいでりくの顔を見られない。
すると、りくが視線を合わせ直して言った。
「俺のこと、嫌なら……」
「嫌じゃない!」
前のめりになってりくの言葉を止める。
私がりくを嫌になるわけがない。物心つく前から長い時間を過ごした幼なじみだ。
たとえ、性別の違いから少しの距離が開いても。恋愛でもない、ただの男女の友情でもない、私たちの間にあるものを誰にも理解されなくても。
「嫌じゃ、ないよ」
眉をきゅっと寄せてりくを見つめた。伝われ、と思いながら。
しかし、はた、と考え言葉を被せる。
「その、アレがじゃなくて!りくのことが嫌じゃないってことだから!」
キスと言葉にするのは憚られてアレと表現する。私の勢いにりくが顔を綻ばせて笑う。
「ん、わかってる」
イケメンフェイスがあどけなく解れたその甘さに、きゅっと胸が軋んだことに私自身が戸惑っていた。