スロウモーション・ラブ
しばらく、沈黙が私たちの間を流れた。
「……は?」
おそらく、その時の私の目は「何言ってんだこいつ」と言わずとも伝わるものだっただろう。
「彼女を追いかけてこの高校に来ましたっていう超恋愛脳彼氏って設定」
突飛な話に飲まれそうになりながら、私は慌てて首を振った。
「いや、むりむりむり……」
私の拒否っぷりに、りくは「そんな拒否する?」と不貞腐れる。
「りく自身が生理的に無理とかではなくて」
「生理的にだったら傷ついて寝込むわ」
「じゃなくて、イケメンの彼女がコレじゃ納得しないでしょ。妬みが怖いわ」
私が食い気味に言うと、りくはふと遠い目をして呟いた。
「あれは、中1の春のこと……」
「その話長くなる?」
そこから続くこれまでの生活レポートは「イケメンってウハウハだろうな」という幻想をかち割るようなものだった。
謎の物体が入った手作りお菓子に、高級プレゼントin下駄箱事件、先輩にパクリと食べられそうになった事件に、日々送られてくる送り主不明のメールや着信。
女子を避けがちなのもSNSをやらないのもそれが原因だろう。
モテすぎてしまうのも難儀なものだ。
考えていると、項垂れたりくから再度打診が入った。
「2人の世界に入り込んじゃってるバカップルになれば中学の時の惨状は避けられる気がする」
「う、うん、なるほど……」
りくにバカップルの演技が可能なのかとも思うけれど、切羽詰まった様子の彼には愚問かもしれない。
だからといって、二つ返事で引き受けられるような話でもない。
「彼女のふり、意味あるかな?群がる子は彼女いても群がるし告る子は告るのでは……」
やんわり断ろうとするもりくが私の言葉をバッサリ斬る。
「演技次第でしょ」
「私でなくても」
「他の女子には怖くて頼めない」
「や、わかるけど……」
りくが私を壁へ追い詰める。懇願するように。
私の幼なじみはどれだけ切羽詰まっているのか。
りくが顔面の良さを最大限に利用して私を見つめる。
逃げ出したくなるほどの美貌に目を逸らすけれど、逃げ道は完全に塞がれてしまった。