スロウモーション・ラブ
「わかりません……」
返事の声は情けなく揺れてしまった。
そんな私へ近づいた先輩が、久しぶりに私の頭へ触れた。
「幼なじみくんが好き?」
「えっ、いや、それは、どうなんでしょう」
正直まだわからなくて、でもゼロとも言いきれなくて、おかしな返事をしてしまった。
先輩は手を引っ込めて私の横を通り過ぎていく。
「はは、何その答え」
「ご、ごめんなさい」
いつもより静かな声に責められた気分になりつい謝ると、先輩が足を止めて振り返る。
「どうして謝るの?」
「この前まで先輩のこと確かに好きだったのに……。私って、気が多くて軽くて、最低だなって思いました」
しゅん、と肩を落とす。
言葉にすると本当に気が多く軽い女に思えてきた。
「さらっと好きだったって言ってるけど」
「あっ」
指摘されて顔を上げると先輩と目が合ってしまった。
逸らせずにいると、先輩の表情がふっと緩む。
「そんなもんじゃない?どれが本物かわかんなくなることもあるでしょ」
図書室のドアを閉めようとする先輩を追いかける。
廊下へ一歩足を踏み出すと、息苦しいほどの暑さが私を包んだ。
カチャカチャと古い鍵を締めながら、先輩は静かに呟く。
「俺もだよ」
「先輩も、わからなくなりますか?」
「うん、ちょっと後悔してるとこ」
鍵をクルクルと指で回しながら前を歩く先輩に並ぶ。
「何か後悔してるんですか?」
「んー?」と先輩は間延びした声を出す。
その返事はなかなか返ってこなかったけれど、階段を降りきったところで私の顔を覗き込み言った。
「はなびちゃんパクッとしとけば良かったなって」
「さ!最低です!」
最低なんて言いながら、先輩の見慣れた笑顔に安心していた。
"どれが本物かわからなくなることもある"
先輩の言葉で、私の心は朝よりもほんの少し軽くなっていた。