スロウモーション・ラブ
「はなびは今、好きな人いる?」
「い、いない」
いると言えば逃げられるのだろうか。
弱みをうっかり見せることになりそうで咄嗟に「いない」と答えた。
「いや、いるな?」
「いないってば」
無駄に察しが良いりくに言われドキッとしたけれど、顔に力を入れて無表情を作った。
が、その視線は探るように私を見る。
りくの顔がこんなに近くにあるのはさすがの私も慣れなくて、心臓が無様に騒ぎ出す。
(いや、りく相手に鳴るな)
胸の鼓動に叱責して、気合いでキュッと目尻をつり上げた。
しかし、りくは告白でもするかのように懇願する。
「好きな人いないなら彼女のふり、してよ」
くぅーん、と犬の甘えた鳴き声でも出てきそうな表情に私の気持ちは簡単に揺れ動いた。
確かに、ずっとではなくても入学してしばらくは平穏な学校生活も大切だろう。
それに、なんだか可哀想に思えてきた。
(好きな人はいるけど、仕方ない)
年下の幼なじみに知られたくないチキンな恋はそっとポケットへ仕舞う。
「どれくらいの期間?」
「どっちかに好きな人ができるまで」
二人の関係がどう変わるかなんて、この時の私は考えていなかった。
だから、メリットにだけ目を向けて投げやりに答えたのだ。
「わかった」
自分から言い出したくせに「え?」だなんて言うりくに、私は呆れた声音で重ねた。
「それだけ困ってるんでしょ?」
「う、うん」
「いいよ。バカップルのふり上等」
「なんだそれ」
りくが笑い、私もつられて笑う。
この後、変な約束をしてしまったと後悔をしたけれど、翌日からりくは本当に"超恋愛脳彼氏"になって私の学校生活を破壊したのだ。