スロウモーション・ラブ
「またね、ようたくん」
分かれ道で立ち止まり挨拶をすると、ようたくんはしょげた様子で私を見る。
「なぁ、はなびも今日りく兄の家で飯食おうよ」
「うーん、それは……」
この短時間で懐いてくれたことに嬉しさを感じながらも、返答には困ってしまう。
すると、隣からりくがようたくんを窘めた。
「はなびに迷惑かけるな」
俯いたようたくんの顔がムスッとしていることに気づき、しゃがんで視線を合わせる。
「律子さん……えっと、りくのお母さんがもうご飯の準備してたら申し訳ないし、また今度来た時に……」
言葉を選びながら伝えると、言い終わらないうちにようたくんが大きな声で被せた。
「りっちゃんに聞いてみる!」
きらきらと目を輝かせたかと思うと、りくの家の方向へ走っていく。
「りっちゃーん!」と近所中に聞こえるような声で律子さんのことを呼びながら。
慌てて通りを覗くも小さな背中はりくの家へと入っていった。
ぽかんとしていると、いつの間にかりくが隣に並んでいた。
「はなび、悪い」
「ううん、大丈夫」
おそらく人が大勢集まることが好きな律子さんは是非と言ってくれるだろうし、子どもにあんなきらきらした瞳で言われれば断れる人はいないだろう。
気を取り直して、りくの家へ2人で歩き出す。
普段は取り留めのない会話ばかりしている私たちなのに、今ばかりは無言のまま。
夕空に鳴くカラスの声と蝉の声、私たちの足音が響くだけ。
不意に、手の甲が触れ合った。
次の瞬間には指先が絡め取られ、そのまま手が握られた。
少し汗ばんでいて、熱い。
「さっきようたと繋いでたから羨ましかった」
どう答えたら良いか分からず黙る私の代わりに、胸がドキドキと音を立てた。
この音が何なのか、今の私はもう受け入れるしかない。
「振り払ったりしないんだ?」
「……う、うん」
恋人のふりをしていた時には感じたことのない高揚の中、私は頷くだけで精一杯だった。
心做しか、りくの歩くスピードが遅い。つられて私の足も遅くなる。
「はなび」
ぎゅっと私の手を握る力が強くなる。
引き止められるように、りくの家の前で立ち止まる、と。
「はなびも来ていいってー!」
玄関の扉が勢いよく開き、満面の笑みのようたくんが飛び出してきた。
私は慌ててりくの手を振り払う。
「ちょ、はなび……」
寂しげな声を出すりくに背を向け、ようたくんに連れられ玄関へ向かう。
りくの顔はしばらく直視することができなかった。