スロウモーション・ラブ
「はーなびちゃん」
どことなく甘い声が教室に響いたのは帰り間際だった。
生徒たちがまばらになった教室に新田先輩がやってきて、手をひらひらさせながら私を呼ぶ。
「今日は委員会の仕事はないはずじゃ」
「そうじゃなくて、これ」
先輩は小さな紙袋をぽんっと私の頭の上に置く。
咄嗟に受け取ると先輩はキャンディを咥えた口でニッと笑う。
「調理実習でエクレア作った」
「そんな本格的な……」
どうやら、好きなスイーツを作っていいという授業だったらしい。
紙袋の中を覗くと、プロが作ったのかと錯覚してしまいそうなエクレアが2つ並んでいた。
「女の子たちが喧嘩しちゃうから、はなびちゃんにあげようと思って」
「私も女の子なんですけど」
にやけてしまわないように表情を作って言葉を返す。
本当は紙袋を抱きしめてしまいそうなほどに嬉しいけれど。
「エクレア嫌い?」
「だ、大好きです……ありがとうございます」
私が口篭りながら答えると、先輩は柔らかく笑う。
とくんと鼓動の揺れを感じ、なかなか冷めない恋心に呆れるばかり。
この人は、私を恋愛対象として見てもいないのに。
チリッと痛む胸に気付かないふりをしながら話していると、ドアの向こうにりくの姿を見つけた。
一瞬ぴたりと目が合うも、彼は通り過ぎていく。
迎えに来てくれたりくに、いつもなら名前を呼び駆け寄ったのに。
先輩との時間が惜しくなって、気づかなかったふりをしてしまった。