【WEB版】追放したくせに戻ってこい? 万能薬を作れる薬師を追い出しておいて、今さら後悔されても困ります! めでたく婚約破棄され、隣国で自由を満喫しているのでお構いなく
 私がこうまでして無理を通そうというのは訳がある。
 陽炎草の調薬法はいくつかあり、患者の症状に対して繊細な配分で適切に行わなければならない。筆談でその塩梅を伝えようとするのは厳しいのだ。

 そんな私の決意を尊重してくれたのは、傍らでしばし考え込んでいた王子様の方だった。

「分かった……。ならばまずは、君に父を診てもらおう」
「殿下……!?」
「全責任は僕が負おう。セーウェルトの聖女の優秀さは我が国にも伝わってくるほどだ。滅多なことはすまい。それに、ベッカーを信用していない訳ではないが、日常的にこの草を扱い慣れていないのに調薬するのは君も不安が残るだろう。僕にはこの出会いが天からもたらされたものとしか思えないんだ。彼女に賭けたい」
「…………」

 たっぷりと長い沈黙の後、ベッカーは睨むような、見定めるような目を私に向けるが、それを私はしっかりと受け止めた。今私の胸にあるのは、苦しむ人が居るなら出来る限り手を尽くしたいという、医療に携わる者としてのプライドだけだ。

「はぁ、一刻を争うとはいえお止めしましたからな……。チッ、我輩はカトラリーより重いものは持たん主義なんだが。女よ、来い」
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