桜ふたたび 前編
こういう千世の容赦のない正直さに、澪は心地よささえ感じてしまう。

澪とて、つき合ってはいるけれど、それが恋人と呼べるとは思っていない。
英語圏にはデーティングという恋人前のお試し期間があって、その後、お互いの同意でステディ(正式な交際相手)になるのがポピュラーらしい。
それに、欧米育ちの彼の〈アイ・ラブ・ユー〉は留め書きのようなもの。澪を好いてくれてはいるけれど、 日本人の〈愛している〉とは違うのだと思う。アレクにやきもちを焼いたのも、単なる男の所有欲だ。

第一、千世が訝るのも当然。誰から見ても引く手数多、選り取り見取りの彼が、何の取り柄もない澪を気にかける意がわからない。
好奇心? 戯れ心? 勘違い? かといって、セフレかもとは口が裂けても言えない。

「それに、クリスティーナ・ベッティのことはデマやとしても、ああいう世界の人と知り合う機会がぎょうさんあるわけやん? 平気? 浮気とか心配にならへんの?」

「浮気?」

会えない時間に彼が誰といるかなど、澪は想像したことがなかった。
クリスのことも、ただの友人ではないとは察していたけれど、自分が知っているジェイとは別人の話のようで、あれ以来気にかけたこともない。
たとえ彼に他に付き合っている女性がいたとしても、それが重大事だろうか。

「澪って、ネガティブなのか、脳天気なのか、ようわからへんなぁ」

千世はあきれたように言うと、「うちはかなわんわ……」と呟いて、フォークの先を見つめながら皿の上で無駄に動かした。むずむずと堪えきれない笑みが口元にあった。

「実はなぁ、うち、プロポーズされてん」

「えええっ?」

今度は澪の方が驚かされた。今までなら恋するたびに逐一報告してきたのに、いきなりプロポーズ発表になるとは、意表を突かれた。
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