桜ふたたび 前編
「名前は武田脩平。お兄ちゃんの親友の従弟で、大学がこっちやったから、ようみんなでキャンプとか遊びに行ってたんよ。彼なぁ、初めて会うたときから、うちのこと好きやったんやて。初めてって、うちまだ高校生やん?」

そんな身近に赤い糸が……。

「うち、思たんやけどな、やっぱおんなは、自分だけを一途に想うてくれるひとと、一緒になるんが幸せなんちゃうかな。惚れるより惚れられる?」

自らの恋愛感をまったくひっくり返すことを言う。

澪はうんうんと頷いて、

「おめでとう!」

抱きつきそうな勢いで言った。

よかった。ほんとうによかった。千世を祝福する気持ちと同じだけ、とうに千世の気持ちが他のひとにあったことが嬉しかった。最悪、恋か友情かと迫られたら、ジェイを諦めるしかないと覚悟していたのだ。
それで彼女を裏切ったことが帳消しになるはずもないけれど、友人でいたいと請うのなら、ペナルティーは払わなければならないと思っていた。

でも、今を生きる彼女は過去にまったくこだわらない!

千世は喜色満面に笑って、すぐに何か思い出したように、深刻な表情を作った。

「ここからが本題なんよ。実は彼な、新潟の古い造り酒屋の跡取りなんやわぁ。今は伏見の酒造メーカーに勤めてはるんやけど、お祖父さんが脳卒中で倒れはって、来年には新潟へ帰って家業を手伝わなあかんようになったんやて。それもあってプロポーズなんやけど」

「それじゃあ、結婚したら千世も新潟に住むの?」

「そこよ、そこ!」

千世はフォークをタクトのように上げ下げして、

「京都から5時間以上もかかるんよ。そんなとこ、お父はんが絶対許してくれへんわ」

子どものように下唇を尖らせる。

「よりによって新潟って、雪と田んぼしかないやん」

ずいぶんな偏見で、あたかも新潟が地の果てのように嘆いて、フォークの先でグリンピースを突いた。
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