桜ふたたび 前編
枕元でスマートフォンが振動している。
ジェイは、カーテンの隙間から漏れるもの憂げな朝の光に目を細め、瞼の上に手を翳した。

体も頭もすっきりしているのは、質のよい睡眠のおかげか。こんなに窮屈なベッドであっても、澪を抱いて寝るとぐっすり眠れるのだから不思議だ。

澪は懐に潜り込むように眠っている。安心しきったように体を預け、遊び疲れた子猫のように愛らしい寝息を立てている。羽毛が初毛を撫でるようなくすぐったい感覚に、ジェイは充足感を覚えていた。これが愛おしいという感情だろうか。

──魅入られたのはこっちにか。

光と陰、プラスとマイナス、昼と夜、男と女、相反するように見えて実は一つのもの。生きとし生けるものはみな、失われた片方を探し求めている。

ジェイは澪の額にキスをすると、眠りを妨げぬようにそっと腕を抜いて電話を取った。

〈何かありましたか?〉

困惑した柏木の声。ジェイは跳ね起き、すぐさま腕時計を掴んだ。
澪は目をぱちくりして、裸の胸元にブランケットを引き上げている。

『午後に変更できないスケジュールは?』

〈MS社のシンCEOとの打ち合わせは品川でのパワーランチに変更いたしました。11時にミツトモとの約束がありますが、こちらも調整可能です〉

『ランチへは直接向かう。詳細をメールしてくれ』

〈承知しました〉

こういうとき、男同士は心易い。柏木は瞬時にジェイの現在地を把握し、かつ容認していた。リンならこうはいかない。短い沈黙で、男を責める。

──しかし、彼がねぇ。

冷徹な魔術師と恐れられる男が、女の部屋で寝過ごすとは笑い草だ。クールな彼が狼狽える姿を想像して、漏れそうな笑いを必死に拳で押さえる柏木だった。

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