桜ふたたび 前編

「で、さっき旅行会社に寄ってパンフレット、貰うてきてん」

指についた飯粒を舐め取り、バッグからパンフレットの束を取り出すと、食料を隅に追いやって扇形に開く。思い立ったが吉日とばかりの行動力に、澪は感心するやら呆れるやら、苦笑うしかない。

「これなんてええと思わん？　丘の上の古い教会、地中海の青い海、輝く太陽、祝福のライスシャワー！」

千世は夢見るように言う。
澪は掌のなかの湯飲みに目を落とし訊ねた。

「武田さんは何て？」

「脩平が反対するわけないやんか」

やはり千世の独りよがりかと、澪は仕方なさげにお茶を啜った。
花嫁が主役だとはいえ、両家の意向もあるだろう。特に武田の家は旧家で分限者だと訊いているから、その土地のしきたりやら風習やら家風やらと、もめなければいいけれど……。

その点は千世も承知しているようで、お茶をフーフーして一度口中を湿らすと、

「問題はあのお姑さんやわ」

唇を尖らせた。

「何かにつけて、武田の家風はって、うるさいんやし。たかが二百年やそこらで旧家やなんて、京都なら笑われるえ。いっそ子ども作ってしまおうかな？　跡取り息子を産んだらうちの勝ちやん？」

とんでもないことを言う。千世のことだから思いつきだろうと思ったら、

「そやけど、ヨーロッパウエディングは絶対に外せへんのよね。お腹が目立ってくるとドレスが決まってしまうし、それに三十までは新婚生活を愉しみたいし、悩むところやわ……」

結構考えていた。
贅沢な悩みをつらつら並べる千世に、喪中はどうした？　と、澪は心の中で問うた。