桜ふたたび 前編
Ⅶ 罪と罰

1、木屋町

「澪!」

宵闇の三条小橋でこっちこっちと手を挙げる姿に気を取られ、澪は歩きスマホの少女とぶつかった。弾みでバッグの中身が道に散乱して、あたふたと拾い集める澪から、呼んだ当人はさっと背を向けて、腰からぶら下げたチェーンを弄び他人のふりを決め込んでいる。

「ごめん、ごめん」

「鈍くさいやっちゃなぁ」

くるりとターンした悠斗は、少しよろめいたことを照れ隠すように、「飯、奢って」と笑った。以前ならダンサーのような華麗な身のこなしだったのにと、澪は哀しくなった。

父親譲りの甘いマスク、長身でしっかりとした骨格に柔らかな筋肉がついた体躯。恵まれた素質と努力によって、サッカー選手として幼い頃から注目され、ジュニアユースからJユースへ昇格しJリーガーを目指して活躍していたのに、車の追突事故に巻き込まれ、彼は夢を諦めざるを得なかったのだ。

「正月ぶりか? 急に呼び出してごめんな。店、すぐそこやし」

と、連れてこられた店に、澪はあっけに取られた。
陽気なレゲエが流れる店内には、巨大な椰子の木や、トロピカルなサーフボード、鮫のレプリカ、気色の悪い呪い人形などが乱雑に置かれ、ただでさえ狭苦しいのが、臨席と肩がふれあうほどせせこましくなっている。
客は20代の女学生から80代のお爺さんまでと様々だけど、みな一風変わったファッションセンスの持ち主で、それが妙に黄色く薄暗い照明とマッチしていた。

「母さん、電話したんやて? いちいち澪に愚痴るな言うてんのに」

「悠ちゃんのこと心配しているのよ」

「いったい、いくつやと思ってんねん?」

「いくつになっても、アタシの子だって」

「うざっ」

澪は羨ましさを滲ませて苦笑した。悠斗は母からも父からも大切に愛されている。

「澪もさぁ、電話なんか無視しとけばええのに。母さんのストレス発散にサンドバックにされるだけやん」

「うん……、でも」

「出なけりゃ、出るまでしつこいか。ありゃ、病気だね」

悠斗は軽く言う。そこには肉親に対する気兼ねのなさがあった。きっと、弟の方がふつうなのだ。

「実際、これから就職活動再開じゃ、きついでしょう?」

「実は、ユースの先輩が商社の御曹司でな、新規事業を手伝ってくれへんかって誘われてるんや。スポーツ関連の仕事で面白そうやし、大手やからって今回みたいに潰れるときには潰れるしな。けど、母さんはブランドにこだわるんよな」

「それは──」と言いかけて、澪は口を噤んだ。
< 139 / 304 >

この作品をシェア

pagetop