桜ふたたび 前編
白を基調としたエンパイアスタイルのリビングルームは、モミの木のツリーと豪華な花々で飾り立てられ、大理石の暖炉には赤い炎が燃えている。

《もう、息苦しくて堪らない!》

黒いロングコートを脱ぎ捨てて、クリスは聞こえよがしに不平を吐いた。

《仕方がないでしょう》

突っ慳貪に応えたのは、クリスがメジャーデビューした15年前から苦楽をともにする、パブリシスト兼マネジャーのベッキーだ。
ダイニングからやぼったい眼鏡をかけたそばかすだらけの顔を覗かせ、手に持ったボトルを、これでいいかと掲げた。

《頭にきちゃう。行く先々でトラブルになって、ショッピングもできないのよ》

《有名税だな》

《パパラッチかボディーガードかストーカーか、どれがましなの?》

それでロビーが騒がしかったのかと、ジェイは合点が入った。
スクープを所望なら、気配を消して隠し撮りのチャンスを狙えばいいものを、〝うるさく飛び回る虫〞とはよく言ったものだ。それにしても、

《ストーカー?》

《ちょっといかれているの。私のハズバンドになったつもりでいるみたい》

《警察へは?》

クリスは苦笑いしながらいたずらっ子のように肩をすくめた。

《彼とはチネチッタ時代にちょっとあってね。若気の至りっていうやつ? だから、マスコミに嗅ぎつけられると困るのよね》

クリスティーナ・ベッティは〝ラブロマンスの女王〞だ。
生き馬の目を抜く世界では、彼女の転落を手ぐすね引いて待っている人間がごまんといる。ちょっとしたスキャンダルも致命傷になりかねない。

ポンと軽やかな音がして、脚付の美しいクリスタルカップに盛られた大粒の苺とシャンパンが、真鍮製のワゴンに乗せられ運ばれてきた。
美しいふたりが静かにグラスを合わせると、ベッキーは心得たように部屋を出て行った。
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