桜ふたたび 前編
「おこしやす。あら? お連れはんがおいやしたんどしたか?」

洗い場の麻暖簾を上げて、女将が温雅な笑顔を覗かせた。
薄浅葱の疋田のお召に孔雀青の名古屋帯、洗い物をしていたのか露草の襷を掛けている。筆で描いたような目とおちょぼ口の瓜実顔。衣紋の抜き加減が絶妙で、上品なのに艶っぽい。

「すぐにご用意しますよってに」

女将は襷の結びを解きながらにっこりと微笑んだ。

口元の小さなほくろ、ゆったりと落ち着いた口調、今ではもう少なくなった京言葉に、女将の前では誰でもはんなりしてしまう。
客席側の壁に掛けられた芸妓画と面差しが似ていて、〈女将がモデルやろう?〉と野暮な質問にも、あの口調でいなしてしまうのだから、やはり祇園で客商売をしているだけのことはある。

などと、油断していたら、千世は肩をぶつけるように澪に迫ってきた。

「よ~うやった!」

低く空気の漏れたような声。拳をグッと握り雌ヒョウのように目を輝やかせている。絶対にナンパされたと勘違いしている。絶対に友人のために引き入れてきたと心の中で万歳している。たまたま偶然は通用しない。

「みぃ〜お」

肩口を指先で連打。

「もったいぶらんと早よう紹介してぇな。英語、できるやろ?」

千世はクイクイッと顎先を上げて命令調に目配せをする。
澪は弱り顔で小さく首を振った。

「なんでぇ?」

いくら怖いもの知らずの千世でも、見るからに一般人とは違うオーラのひととお近づきになろうなど、無鉄砲が過ぎる。第一、知らない人だし。
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