桜ふたたび 前編
『ミオはいつまでイタリアにいるって?』
『2日に帰国すると言っていたわ』
《それじゃあ、カポダンノ(年越しパーティー)は、今年もローマか……》
意味深な笑顔を向けられて、何でしょうかと小首を傾げる澪の肩を、アレクが目を細めて引き寄せたときだった。
《触るな!》
澪はギョッとした。紺碧の瞳のなかに、黒髪の男が映っていた。
《エスコートする相手が違うだろう? シルヴィはどうした?》
アレクは慌ててホールドアップの体勢をとった。それでもジェイの表情は弛まない。
《彼女は息子とミラーノだ。ナターレは家族と過ごすものだから……》
ジェイはさもしいとばかりに眼光でアレクを牽制し、自分のものだと誇示するように澪の腰に手を回して引き寄せる。
その様子に大爆笑したルナも、ジェイに睨まれ肩をすぼめている。
サンタクロースがいるのなら、彼の短気を治す薬をくださいと、思わず願う澪だった。
残念ながら、カソリックの国イタリアには、〝サンタクロース〞は存在しない。子どもへのプレゼントは、長いクリスマスシーズンが明ける1月6日のエピファニアにベファーナと呼ばれる老魔女が持ってくる。(近年はサンタクロースも来るらしい)。
教会や家庭では〝プレゼーピオ〞と呼ばれるキリスト誕生物語の手造りミニジオラマを飾って、厳かに聖夜を祝う。
クリスマスという響きだけで浮かれている日本人とは違って、カソリックにとってナターレは神聖な宗教行事なのだ。
と思っていたら、乾杯ではじまったクリスマスランチは、宗教の作法とはほど遠く贅沢に賑やかに延々と続く。
ゲストの前に運ばれてくるのは、アンチョビや生ハム・サーモンクリーム・モッツァレラなどをのせたブルスケッタ、スープを張ったトルテッリーニ、カラフルな野菜に彩られたカッポーネ(去勢した雄鶏のロースト)と巨大なカッポンマーグロ(茹で野菜と魚介類に特製ソースをかけた押し寿司)、柘榴のサラダに山のように積まれたパンドーロ(黄金のパン)、などなど。インパラやメイド服たちは給仕に忙しない。
豪華な料理に高級ワイン、BGMは優雅な生四重奏。ホームパーティーと聞いて、家族・友人とお食事会だと澪は思っていたのに、お金持ちの感覚を侮っていた。
大理石の巨大マントルピースの脇に作られた、巨大で精巧なプレゼーピオの前で、天使に扮した愛らしい聖歌隊のクリスマス・キャロルが始まり、ゲストたちはお喋りを止め、微笑み見守っている。
そのなかに、シモーネの姿はない。芝庭で遊んでいる子どもたちのなかにも、彼を見なかった。
不思議なのは、この家の唯一の子どものことを、誰一人として気にかけていないことだ。エヴァでさえも。
『2日に帰国すると言っていたわ』
《それじゃあ、カポダンノ(年越しパーティー)は、今年もローマか……》
意味深な笑顔を向けられて、何でしょうかと小首を傾げる澪の肩を、アレクが目を細めて引き寄せたときだった。
《触るな!》
澪はギョッとした。紺碧の瞳のなかに、黒髪の男が映っていた。
《エスコートする相手が違うだろう? シルヴィはどうした?》
アレクは慌ててホールドアップの体勢をとった。それでもジェイの表情は弛まない。
《彼女は息子とミラーノだ。ナターレは家族と過ごすものだから……》
ジェイはさもしいとばかりに眼光でアレクを牽制し、自分のものだと誇示するように澪の腰に手を回して引き寄せる。
その様子に大爆笑したルナも、ジェイに睨まれ肩をすぼめている。
サンタクロースがいるのなら、彼の短気を治す薬をくださいと、思わず願う澪だった。
残念ながら、カソリックの国イタリアには、〝サンタクロース〞は存在しない。子どもへのプレゼントは、長いクリスマスシーズンが明ける1月6日のエピファニアにベファーナと呼ばれる老魔女が持ってくる。(近年はサンタクロースも来るらしい)。
教会や家庭では〝プレゼーピオ〞と呼ばれるキリスト誕生物語の手造りミニジオラマを飾って、厳かに聖夜を祝う。
クリスマスという響きだけで浮かれている日本人とは違って、カソリックにとってナターレは神聖な宗教行事なのだ。
と思っていたら、乾杯ではじまったクリスマスランチは、宗教の作法とはほど遠く贅沢に賑やかに延々と続く。
ゲストの前に運ばれてくるのは、アンチョビや生ハム・サーモンクリーム・モッツァレラなどをのせたブルスケッタ、スープを張ったトルテッリーニ、カラフルな野菜に彩られたカッポーネ(去勢した雄鶏のロースト)と巨大なカッポンマーグロ(茹で野菜と魚介類に特製ソースをかけた押し寿司)、柘榴のサラダに山のように積まれたパンドーロ(黄金のパン)、などなど。インパラやメイド服たちは給仕に忙しない。
豪華な料理に高級ワイン、BGMは優雅な生四重奏。ホームパーティーと聞いて、家族・友人とお食事会だと澪は思っていたのに、お金持ちの感覚を侮っていた。
大理石の巨大マントルピースの脇に作られた、巨大で精巧なプレゼーピオの前で、天使に扮した愛らしい聖歌隊のクリスマス・キャロルが始まり、ゲストたちはお喋りを止め、微笑み見守っている。
そのなかに、シモーネの姿はない。芝庭で遊んでいる子どもたちのなかにも、彼を見なかった。
不思議なのは、この家の唯一の子どものことを、誰一人として気にかけていないことだ。エヴァでさえも。