桜ふたたび 前編
それでもしつこくチャレンジしたのは、美しく優秀な自慢の兄に、初恋にも似た憧れを抱いていたからだ。
それは今でも変わらない。だからこそ、心配だった。

『あなたにはアルフレックスを捨てられないわ』

私がそうだったようにと、ルナは心の中で言った。

ルナが活動に専念できるのは、アルフレックス家の援助があってこそだ。
ボランティアには金がいる。正義感や熱意だけでは、飢えた子どもたちにパンを与えることはできない。ワクチンさえ手に入れば落とさずにすむ小さな命を救うことはできない。

両親は、娘が所属する非政府組織に多額の寄付をする。代償として組織は、スポンサー企業との共生を余儀なくされる。企業のイメージアップに利用されるならまだ健全だ。NGOからの糾弾はすなわち社会悪、と見なされる風潮を利用して、目障りな存在を貶めることに荷担させられることもしばしば起こる。

けれど、やせ細った体に腐臭を漂わせ、ハエを払う力もなく死んでゆく幼子たちを、為す術もなく看取るしかない無力感を思えば、きれい事など言ってはいられない。

さらに、両親と娘の間には、〝決して生命の危険にさらされないこと〞と言う不文律があった。

叛意すれば後ろ盾を失う。だからあのとき、ダルフールへひとり赴く彼を、追えなかった。いや、追わなかった。

それがアルフレックスの血なのだ。いつだって迷いもなく愛より利を選ぶ。
その根底には、生まれたときから何不自由のない生活と将来を保障された対価に、無自覚に植え付けられた両親への恭順がある。

ジェイもまた、決してアルフレックスから逃れられない。
たぶんそれは、ルナよりも強固に。
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