桜ふたたび 前編
《なんだよ、僕は忙しいんだ》

《すぐに日本語のできる医者を手配するから、portinaio(門衛)に医者が来ることを伝えておいてくれないか》

《わかった。ついでに、空港へ迎えに行くように頼んでおいてやるよ。何時に行けばいい?》

この辺りの目端の利きは、やはりそこらの小学生とは違う。この番号も屋敷の通話履歴を調べたのか。

《あ……あ、まだ帰れないな。仕事が片付いていない》

シモーネの口調が、瞬間湯沸かし器のように激した。

《恋人が死にそうなんだぞ! 仕事なんか他の奴らにさせておけばいいじゃないか!》

《私に代わりはいない。それに、いま必要なのは、私ではなく医者だ》

シモーネは絶句して、

《悪魔!》

強烈な勢いで電話を叩き切られ、ジェイは耳の穴を指で塞いだ。

──きつく言い過ぎたかな……。

妙な反省をしている自分にジェイは苦笑した。まさかそのせいで熱を出したわけではあるまいが、澪の前だとつい感情がセーブできなくなってしまう。

澪は辛抱強い。そして、過ぎるほど遠慮深い。甘え方を知らない女だ。今回も、煩わせたくないとかの理由で、ひとりベッドのなかで苦しんでいたのだろう。

やはり強引にでもパリへ帯同すればよかった。目の届くところに置いておけば、こんなことでやきもきさせられることもなかったのだ。日本ならいざ知らず、目と鼻の先の距離だと思うと、よけいに気になって落ち着かない。

ふと、驚きと咎めの入り混ざった視線に気づいて、ジェイは怪訝な顔をした。

『私の顔に何か付いているのか?』

『いえ……』

リンは見てはいけないものを覗いてしまったという風に、『先に行っております』と、書類を手に足早に部屋を出て行く。

ジェイは眉を潜め、それからそうかと吹き出した。
どうやら重症なのはこちらの方らしい。
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