桜ふたたび 前編
ジェイは澪の肩を回して振り向かせると、刻印をつけるように額に唇を押し当てた。
瞼に頬に鼻に、そして唇が触れようとしたとき、澪が小さくささやいた。

「風邪がうつります」

「澪のものなら、すべて欲しい」

「ジェイが望むなら何でも差し上げたいんですけど、上げられるものを持っていなくて……」

男心をくすぐることを、潤んだ瞳で言うのだからたまらない。問題は、愛の告白をしているという自覚が、当人にはまったくないと言うことだ。

いや、実際のところどうなのだろう? 苛立つくらい日本人は肝心なことをストレートに口にしない。言葉など減るものでもないのに。

ジェイは人差し指を澪の唇に押し当てた。

「それなら、言葉を。私を愛してると言ってくれないか?」

澪は弱り顔を浮かべた。

「私を愛している?」

何度こんな問答をしただろう。澪はベッドの中でも〝愛してる〞と決して言わない。

「何でもくれると言ったのに」

「でも……」

「私は毎日でも言う。澪を愛してる。愛してる。愛してる」

「……そんなに言われると、ありがたみがなくなります」

真っ赤になりながら照れ隠しを言う澪に、ジェイは呆れたように、

「贅沢だなぁ」
< 195 / 305 >

この作品をシェア

pagetop