桜ふたたび 前編
──なぜ、わたしなの?

彼ならハイクラスな女性を選べるのに、やはりそういう方々は、どこかで仕事に係わってしまうのだろうか。だからって、一般人にもステキな女性がごまんといる。明かに見劣りする澪だなんて、やはりおかしい。

そう考えて、ふと脳裏に、里の芸妓画がよぎった。

「何?」

「え?」

「何か言いたそうだ」

「いいえ、何も」

ジェイは、チラリと澪を見やると、テーブル脇に畏まったカメリエーレに指でオーダーしながら、

「私には言えないこと?」

「言えないことなんてないです。ただ──」

「ただ?」

ああ、またのせられた。己の単純さが嫌になる。

「ただ? 何?」

澪はぼそぼそと、

「わたしのどこがいいのかと思って。何の取り柄もないし、つまらない女なのに……」

ジェイは平然と、

「sex.」

澪は仰天した。テーブルを離れたカメリエーレの耳がぴくりと立ったような気がした。

「澪のカラダは麻薬だ。毎日抱いても、こうしてすぐに欲情してしまう」

澪は赤面した。日本語だからまわりに聞かれる心配がないと言っても、欲情なんて、どこからそんな単語を引き出した?

「澪が私のどこがいいのかは知ってる。私の顔が好き。声が好き。キスが好き。セッ──」

「いいです! いいです!」

茹で上がりそうな澪に、ジェイは声を立てて笑う。

「つまらないどころか、澪は見ているだけで飽きない」

「……悪趣味です……」
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