桜ふたたび 前編
「何でイタリアでフランス製品を買う必要があるんだ?」

華やかなクリスマスディスプレーの人気ブランドショップで、千世から渡された購入リストを握りつぶし不満をたれるジェイに、澪は肩をすくめた。 

彼の頭の中には常に効率的なスケジュールが組まれていて、想定外の出来事にも臨機応変に対応するけれど、無駄な労力を使うことはとても嫌う。

それでも、澪の望みなら言葉にしなくても、昨夜はわざわざルイーザの店へ向かいヒデにお礼を言ってくれたし、ジェノヴァやローマの観光も意気揚々と案内してくれた。ショッピングに行きたいとお願いしたときも、すごく喜んでいたのに。

だからって、調子に乗った。どうしたら機嫌を直してくれるだろう。

「ワインと聞けばブルゴーニュと答えるような女だからな」  

非論理的なことをぶつくさと口にするジェイに、澪は小首を傾げて、なるほどと小さく頷いた。

──これはいわゆるお隣国へのライバル心? 

子どものように臍を曲げてる彼はかわいくて、愛おしくて、つい、頬にキスしていた。

ジェイは驚いたように頬に手をやっている。澪はちょっと気恥ずかしくなって、少しは機嫌が直ったかしらと衝動的な行動を正当化しながら、逃げるように店の外へ。
とたん、大きなショッピング袋と腕がぶつかった。

「Scusa.」

日本人らしき女は、まじまじと澪の顔を見つめている。ローマ、特にコンドッティ通り、なかでも有名ブランドショップは日本人観光客も多いから、日本人を見ても珍しくもないと思うけど。

「やっぱり! 佐倉さんや」
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