桜ふたたび 前編
ジェイはうんざりとリムジンの車窓を見やった。
サッカースタジアムに向かう観衆の如く、人々の熱狂が昂りつつある。新年など来年も再来年もやってくるのに、何がそんなに嬉しいのかさっぱりわからない。

少し時間が押している。女の身だしなみは予定どおりにいった試しがないと、再びウィークリーペーパーに目を落としたとき、窓硝子を叩く音がした。
顔を向けたジェイは、口に運んだリドカップを危うく落しかけた。

《Che bello!(素晴らしい)》

運転手に手を支えられ、車に乗り込んできた澪は、まさかのショートカット。
全体のシルエットはソフトだが、フィニッシュラインにシャープさを出して、重かった黒髪が明るく軽やかに見える。白いシーツに広がる漆黒の波を愛られないのは残念だが、澪の細い項から背中への美しいラインをいっそう引き立てて、清楚さのなかにコケティッシュな色香が加わった。

それなのに、澪はこの世の終わりのような表情で、まだ悪あがきを言う。

「やっぱり、わたしには無理です。他の方と行ってください」

「何度も言うけど、私は澪以外の女性をエスコートするつもりはない」

「でも、わたしではジェイに恥をかかせてしまいます」

「澪は本当に美しいよ。今すぐにでも押し倒したいけど、彼の目があるから我慢しているんだ」

ジェイは忌々しげな真顔を運転席に向けた。
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