桜ふたたび 前編
街が騒然としてきた。車が広場をことごとく迂回しているのは、群衆が膨らみ始めてきたからだ。
そこら中でフライング気味に花火が打ち上げられ、派手な爆竹が鳴るたびに、澪はびくりと肩を震わせた。

「緊張している?」

「今にも心臓が爆発しそうです」

深刻に胸を押さえる澪に、ジェイは愉快に笑った。

「わたしは、ジェイみたいに心臓に毛が生えていませんから」

「心臓に毛?」

「怖いものがないっていう意味です」

なるほどと頷いて、ジェイは悩ましげな表情をした。

「私にも怖いものはある」

「え? 何ですか?」

「澪の沈黙」

真剣に訊いていたのに、ジェイはこんなときでもからかう。彼にも苦手があったなら、少しは澪の気持ちを理解して、こんな無理強いをやめてもらえるのではないかと期待したけど、無駄だった。

車が急カーブを切った。ジェイが澪の肩にそっと腕を回したのが先か、澪がジェイの肩に頭をもたせたのが先か、自然とふたりは寄り添った。

澪の視線の先には、足首で揺れるプラチナのクルスがあった。
買ってもらったばかりのハイヒールは、キラキラ輝くシルバーグリッダー、まるで硝子の靴のよう。

──ふたりでいると、こんなに愉しいのに……。

澪の胸に、漠然とした不安が忍び入っていた。
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