桜ふたたび 前編

3、薔薇のパティオ

その頃ジェイは、ひとりの男の前に立っていた。

クロコダイル柄のブラックタキシード、胸元に真っ赤な薔薇を挿し、黒髪をべったりと後ろに撫でつけている。髭ソリ後の残る濃い顔立ちをさらにエキセントリックに演出しているのは、相当なナルシストなのだろう。
自己管理という点では、まだ四十前だというのに腹が出ている。

『メイファ』

ジェイは、いつまでも両腕を絡ませて放さないメイファを引きはがし、乱れたタキシードを整えた。

批難を滲ませた態度さえ、驕慢な自信家には照れ隠しとでも見えるのか。意味ありげにウインクするメイファにはある意味感心する。その自信を澪に分けてやって欲しい。

『ご紹介しますわ。こちらはジャンルカ・アルフレックス。AX会長、フェデリーコ・アルフレックス氏のご子息。そして、こちらはアントーニオ・デ・リーヴィオ。国会議員のトマーゾ・デ・リーヴィオ氏のご子息』

したり顔の紹介に、ジェイは心の中でうんざりしたが、アントーニオはもろに不快感を顔にした。いい歳をして誰それの息子と言われることを、自慢に思う男は情けない。

《トニオで結構です。お噂はお聞きしていますよ》

差し出された毛むくじゃらの手には、2個の太いリングがはまっていた。親指のリングは、黄金とラピスラズリのスカラベ、中指にはトルコ石の目を持つ銀の双頭の蛇。どちらも古代遺跡の盗掘品くさい。

《あなたは、目をつけたものは尽く魔法のように手にいれてしまうらしい。うちのような弱小放送局など、歯牙にもかけられないでしょうが》

トニオは、悪魔も天使も吹き飛ばしかねない豪快な笑い声を上げた。メイファ共々奇抜なファッションも相まって、怖いもの見たさの衆目を集めている。それこそ彼らには快感なのだ。

その笑いが、突然フリーズした。

《クリスティーナ!》

偶然か故意か、数名の男を取り巻きにして通りがかったクリスが、うふっと美しい肩の線を上げて、女神のような笑顔で振り返った。
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