桜ふたたび 前編
《何だ? あの騒々しい女は》

《パリのコレクションで何度か招待客として見かけたわ。成り上がりの親の金と人脈でパリのクラブ入りしたけど、某国のプリンセスに暴言を吐いて追放になった、おバカな中国人》

シルヴィの簡潔な紹介に、アレクは愉快そうに笑った。

それにしても趣味が悪すぎる。ジェイのことだから仕事がらみだろうが、妙齢のギラギラした下心が丸見えで、あんなのに手をつけたら最後、結婚するまで追いかけられるのは目に見えている。

澪はというと、ただ呆気に取られて、ジェイに蛇のように絡むメイファを見つめている。

アレクは警告の咳払いをしようとして、咽せた。ジェイがメイファと連れだって歩き出したからだ。

《おい!》

《澪を頼む》

ジェイは肩越しに言い残すと、振り返りもせずに人垣の中へ消えて行った。

《どういうつもりだ?》

アレクは声に出して独白した。ただでさえ心許ない澪を、嵐の防波堤の上に放ったらかすような、危険極まりない状況に置いてゆける神経が理解できない。

憤るアレクの前に、次の高波がやってきた。

[Bonsoir.]

森を抜けるビオラのような美声に、アレクは万事休すと頭を抱えた。

シェリル。トゥヘッドのストレートヘアとグレーの瞳を持つエルフのような美女は、パリ出身のスーパーモデルだ。その神秘的なオーラから、シャンソン歌手、詩人としても活躍している。

モノトーンのボディコンシャスなスレンダーラインは、九身頭のしなやかな曲線美でなければ着こなせまい。腰骨までのサイドスリットから、透けるような白い美脚が覗いていた。
< 211 / 304 >

この作品をシェア

pagetop