桜ふたたび 前編
Ⅺ すれ違うこころ

1、カプリの小鳥

夜明け前、澪を捜してクルーザーのデッキへ上がったジェイは、ブリッジに彼女の姿を見つけて、思わず足を止めた。

昨夜、新年の祝賀ムードのなか、アレクが《vedi Napoli e poi mori.(ナポリを見て死ね)》などと言い出したとき、ジェイは戯れ言と本気にはしていなかった。

イタリア南部の年越しは、銃撃戦のように爆竹を鳴らし、山火事のように発煙筒を焚き、小型爆弾のような花火をぶっ放し、人騒がせな乱痴気騒ぎが夜通し続く。

それを、人混みを嫌う澪が賛同したことがジェイには解せない。

案の定あまりの狂躁に恐れ戦き、結局、早々に町を脱出して、アレク所有のキャビンクルーザーで夜明けを待つこととなったのだ。

澪は、茫洋と明るむ水平線を見つめている。

暁の帯が空を瑠璃色へ染めて、星が消えてゆく。肌に感じる風はなく、船体は眠ったように静かだ。まだ騒ぎ足りないのか、静かな波音に紛れて、港の方で渇いた爆音が響いていた。

声をかけると、澪はゆっくりと振り向き、花のつぼみが綻ぶような笑顔を見せた。

「寒いだろう?」

頬に落ちた髪が夜の潮風に濡れている。ベッドも冷たいままだったから、一睡もしていないのかもしれない。

「眠れなかった? 船酔いしたかな?」

澪は微かに首を振った。日本では、年越しは家族と穏やかに神を迎えるのだと言っていたから、イタリアのお祭り騒ぎは刺激的すぎたのかもしれない。

コツコツと硝子を叩く音に振り返ると、キャビンにアレクの姿があった。人差し指を上に立て、出航するぞとサインを送っていた。
< 221 / 304 >

この作品をシェア

pagetop