桜ふたたび 前編
呆れ顔のシルヴィにフフッと笑って、トラッパを口に運んだジェイは、たちまち目を瞠った。しょせん素人の趣味とあなどっていたが、どうして、なかなかのものだ。

《旨いな》

アレクは当然と拳で胸を叩いた。

〈アマーレ・マンジャーレ・カンターレ〉
誰かを愛し、美味いものを食べ、気分のおもむくまま歌う。
アレクにとって仕事も人生を楽しむための一つの要素でしかない。嬉しいときには笑い、哀しいときには泣き、腹が立ったら怒る。何事にも縛られず、自由でいることこそが、彼の才能の源なのだ。

その点、ジェイは多くのものに縛られすぎている。重いハンデを課せられて全力疾走を続けるのは、自らの命を削っているようなものだ。このままでは、いずれ体力が続かなくなるか、精神が焼き切れることは目に見えていた。

いや、すでに壊れかけていたのかもしれない。だが、手遅れになる前に、澪が彼の足枷を外してやるだろう。

〈あなたにはアルフレックスを捨てられない〉

ルナの言葉が過ぎった。

――賭けてもいいぜ、ルナ。

アレクは挑戦状を叩きつけてから、直ちに前言を撤回した。ルナと賭けて、勝った試しがない。

《お前も何か趣味をもて。仕事が全てでは人生つまらん》

《そうだな》

アレクは驚いた。いつもなら冷笑するはずだ。

《なんだ、やけに素直だな》

ジェイはワイングラスを揺らして光の反射を楽しむふりをしながら言った。

《小鳥を飼うことにした》
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