桜ふたたび　前編

3、すれ違うこころ

別れの朝は雨だった。

フィウミチーノ空港のカフェで、ジェイは不機嫌さを隠そうともせずにテーブルを指で叩きながら、項垂れる澪の頭を見つめていた。

「少し、食べておいた方がいい」

澪は辛そうに鳩尾を押さえ首を振った。顔色はいくらかましになったが、やはりまだ物を受け付けられる状態ではないようだ。

カプリ島のマリーナグランデからナポリのグラナローロへ向かう高速船で船酔いし、澪は２度、嘔吐した。ナポリからローマまでの車中でも、膝枕で横になったままだった。

自業自得だと、ジェイは心の中で呟いた。
朝から避けるように口をきかず、船のなかでも雨に煙る鉛色の海ばかりを眺めていた。ただでさえ荒れた海の烈しいローリングに船酔い客が続出しているのに、不気味な波濤をあれだけ見つめていれば、誰でも気分を悪くする。

デミタスカップをテーブルへ戻し、ジェイは腕時計を確認した。
澪はこれから13時発の関西空港行きに搭乗し、一足遅れてジェイはプライベートジェットでニューヨークへ戻る。もうあまり時間がない。

「澪」

落とした肩がビクッと震えた。

「昨夜のこと、考え直した？」

なるべく穏やかに、しかしＮoと言わせない口調。いつもならこれで押し切れる。

だが、恐る恐る顔を上げた澪が、申し訳なさそうな目で、ゆっくりと、しかしはっきりと首を横に振るのを見て、ジェイの苛立ちは頂点に達した。

──こんな肝心なときに限って、なんて強情なんだ！

声を荒げそうになるのをかろうじて抑え、一度深呼吸する。ここで怒りをぶつけてしまったら、かえって澪を萎縮させ、打開策を見出すこともできなくなる。

ジェイは店の外へ目を転じた。搭乗開始のアナウンスに、人の流れが変わりはじめた。
ふいに昨夜のベッドでのやりとりがよみがえり、再び彼を暗鬱とさせた。
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