桜ふたたび 前編
思えば、昨夜から澪の声を聞いていない。声を聞いたことで、ジェイはいくらか沈静した。
「ひとりでいるのが不安なら、Paris にもFrankfurtにも一緒に行こう」
「そのたびに、わたしは現実を思い知らされます」
「どういう意味?」
澪は何度か口を開いては閉じた。そのたびに視線が上下する。
慎重で臆病な彼女は、言葉を選びすぎて、肝心なところで声を呑み込む癖がある。ジェイは彼女の背中を押すように、「澪」と穏やかに声をかけた。
澪は意を決したように、ゴクリと唾を飲み込んで顔を上げた。
「自信がないんです」
「自信? 何の?」
「ジェイを信じ続ける……」
その告白にジェイは少なからぬ衝撃を受けた。確かにビジネスにおいては策略も陰謀もある。しかし、澪にはいつも素のままで対していた。それが信じられない……?
ジェイは澪の項垂れた頭を見据えたまま、再びテーブルを叩き始めた。そのリズムが止んだとき、彼は質問を投げかけた。
「どうすれば澪は私を信じられるんだ? パートナーとしての証が欲しい? 結婚したいの?」
澪が再び首を振るのを見て、ジェイは意図のわからぬ相手に焦り始めた。その焦りが澪をますます追いつめる結果になった。
「澪、君の望むことなら何でも叶えてあげる。だが、結婚はできない」
ジェイはきっぱりと言った。
愛情だけでは結婚できない。父がフランス貴族の血統を妻に迎えたように、兄がギリシャ王室の傍系で海運王の娘を娶ったように、彼も家名とビジネスに有用であることを、結婚の第一条件に考えている。これまでもいくつかの縁談が持ちかけられてきたし、今後もそうだろう。
ふたりの間に重い沈黙が流れた。
ジェイは信じられない気持ちで、伏せた睫を見つめていた。
朝陽のなかで〈愛している〉と涙した。夕陽のなかで自ら口づけをした。澪の愛に絶対の確信を得たからこそ決意したのに、いったいどんな心境の変化が、彼女に起こったのか。
「ひとりでいるのが不安なら、Paris にもFrankfurtにも一緒に行こう」
「そのたびに、わたしは現実を思い知らされます」
「どういう意味?」
澪は何度か口を開いては閉じた。そのたびに視線が上下する。
慎重で臆病な彼女は、言葉を選びすぎて、肝心なところで声を呑み込む癖がある。ジェイは彼女の背中を押すように、「澪」と穏やかに声をかけた。
澪は意を決したように、ゴクリと唾を飲み込んで顔を上げた。
「自信がないんです」
「自信? 何の?」
「ジェイを信じ続ける……」
その告白にジェイは少なからぬ衝撃を受けた。確かにビジネスにおいては策略も陰謀もある。しかし、澪にはいつも素のままで対していた。それが信じられない……?
ジェイは澪の項垂れた頭を見据えたまま、再びテーブルを叩き始めた。そのリズムが止んだとき、彼は質問を投げかけた。
「どうすれば澪は私を信じられるんだ? パートナーとしての証が欲しい? 結婚したいの?」
澪が再び首を振るのを見て、ジェイは意図のわからぬ相手に焦り始めた。その焦りが澪をますます追いつめる結果になった。
「澪、君の望むことなら何でも叶えてあげる。だが、結婚はできない」
ジェイはきっぱりと言った。
愛情だけでは結婚できない。父がフランス貴族の血統を妻に迎えたように、兄がギリシャ王室の傍系で海運王の娘を娶ったように、彼も家名とビジネスに有用であることを、結婚の第一条件に考えている。これまでもいくつかの縁談が持ちかけられてきたし、今後もそうだろう。
ふたりの間に重い沈黙が流れた。
ジェイは信じられない気持ちで、伏せた睫を見つめていた。
朝陽のなかで〈愛している〉と涙した。夕陽のなかで自ら口づけをした。澪の愛に絶対の確信を得たからこそ決意したのに、いったいどんな心境の変化が、彼女に起こったのか。