桜ふたたび 前編
「澪の信用を失った原因は何だろう……?」

ジェイは苦悩の表情を浮かべた。

「私にはわからない。どうしたら澪の心を取り戻せるんだ?」

「心はいつもジェイのところにあります。離れていてもジェイを想っています」

「愛しているけれど、信用はできない。そういうことか? 残酷なことを言うんだな」

「残酷? 平気で恋人に会わせるジェイの方が残酷です」

唇を震わせる澪に、ジェイは唖然とした。澪がこれほど感情的になった姿を初めて見た。

──何だ、そうだったのか。

誰に吹き込まれたのか、どうやら澪は、クリスに会わせたことを気に病んでいたらしい。
女のジェラシーほど怖いものはないとアレクが嘯いていたが、実際はなんと可愛らしい。ジェイは尻がこそばいくなるような嬉しさに、口元の緩みを手で隠した。

「バカだなぁ、そんなことで拗ねていたのか? 前にも言っただろう? 彼女は友人だって」

ここで事実を説明しても、話を混乱させる。些末な問題にかかずらって時間を費やすのは無益だ。

「私が愛しているのは澪だけだ」

切なげに視線を逸らす澪のリングに、ジェイはいつものように唇を寄せた。

「私を信じて」

澪はもう何も言わなかった。
ジェイは彼女が完全に納得したものだと思いこんでいた。



出発ゲートの前で、ジェイはそっと澪の体を抱き寄せた。

「気をつけて」

「さようなら」

ジェイは微笑を浮かべ、胸のなかの髪を撫でながら言った。

「すぐに逢える。New Yorkで」

澪は答えなかった。
ジェイは澪の頬にキスすると、冷たい唇に唇を重ね併せた。そして、耳許で囁いた。

「愛してる」
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