桜ふたたび 前編
「遅くなったけど、明けましておめでとう。これ、頼まれていたバッグとお財布。レートがわからないから明細書が来たら言うね。で、こっちは千世と武田さんにお土産。リモンチェッロって言うカプリのレモンのお酒と、アーモンドの蜂蜜漬けなんだけど、すごく美味しかったから──」

一気に喋りすぎてゴホゴホと咳き込み、それでも急き立てられるように続ける。

「教会の方は、結婚式はカソリック教徒じゃないとダメなんだって。でね、プロテスタントのチャペルならOKだって聞いて、パンフレットもらってきた。100%カソリックだと思ってたけど、イタリアにもいるんだねプロテスタントって」

そこで言葉が切れた。常に聞き役の澪にはしょせん無理がある。
沈黙から逃げるようにキッチンへ向かう澪に、千世は不機嫌な声で、

「うちはココアがいい。ミルクたっぷりで」

「うん」と返した手元がガチャガチャ音を立てている。

ようやく小さなトレイにカップを乗せ運んでくると、澪は寒そうに背中を丸めて腰を下ろし、コタツ布団を肩まで引き上げて、顔を下向けたまま言った。

「ハワイ、楽しかった?」

「ヨッシーからメールがあったんよ」

マグカップに伸ばした手が、ピクリと止まった。
ヨッシーは高校のバスケ部のチームメイトで、澪も高校3年のとき同じクラスだった。現在は千世が通うヨガ教室のインストラクターをしている。

「何か、えらいことになったな」

澪は微かに頷いた。

「このこと、プリンスは知ってはるの?」

「どうかな?」

「連絡は?」

澪が小さく頭を振るのを見て、千世は大きな大きな溜め息を吐いた。

大晦日、脩平と帰省した新潟の家は、スマホ圏外の豪雪地帯だ。早朝から雪かきに狩り出され、気のいい婚約者の安請け合いのせいで、ふたりで近所の年寄りの家を何件も回らされた。腕力も体力も自信はあるけれど、何せ新潟の雪は重い。筋肉痛で悲鳴を上げているところに、婆さんたちがお礼の品を携えてわざわざ来るものだから、いちいち話し相手になっているうちに日が暮れた。
そのうえ、喪中だからと安心していたのに、一族郎党・従業員の家族まで打ち集うてんやわんやの正月行事の手伝いで、ネットやテレビどころではなかったのだ。

ようやっと脩平とハワイへ脱出、帰国後にメールを読んで仰天した。

何度も電話した。それなのに電源を切っているのかアナウンスを返されるだけ。◯INEも既読がつかない。あの玄関前の惨状と憔悴した姿を見れば、彼女が外部との接触を断った理由は明白だ。
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